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贔屓 [社寺]

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↑東寺五重塔

昨日、東寺方面に行く。
夕方近くなり、時間が10分しかなかったけど贔屓君に会いに行く。
本日の写真は、デジカメの弟が入院中のため、兄のDSC-RX1Rを同伴。
実際の写真は、すごく高精細だけど、ここ二日間の記事を見ているとそれをアップしてもそうとはあまり感じられないですね。
まあ、撮れているからよしとしましょう。
弟と違い携帯性が悪い。
首からさげるのが何だか照れくさいのです。
なんなんだろう?

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さて、いつもの贔屓君の所です。
いつもなら軽い感じの写真だけど、妙に重たい雰囲気。
夕方の光線だからかも。

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贔屓君が背負っている石碑を撮る。
記事でみるとそうでもないけど、細かいところもとれています。
でも何が書いてあるかわかりません。
丸く並んでいる呪文が雰囲気ですね。

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下の部分もびっしり書いてある。
これだけ見ていても飽きない。
でも時間がない・・・。

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また別の日にゆっくり見に来るとします。
取りあえず、いつものポーズ。

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↑不動明王、毘沙門天、愛染明王・・・よく考えたら最強トリオやね。

以上駆け足の東寺でした。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/01/22
  • メディア: 単行本


↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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太閤塀 [社寺]

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今日も三十三間堂です。
南端に南大門に連なって太閤塀というのがあります。
豊臣秀吉が寄進した塀なんだそうです。

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当時のモノかどうかはわかりません。
それにていても豊臣秀吉という人は、京都に色々な建物を作りました。
どれだけお金をもっていただろう。

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↑瓦に豊臣家の紋があります

それでも京都での秀吉の評判は、よくなかったかも。
もちろん京都人のことですから、面と向かっていいませんけどね。
豊臣秀次とその家族の事件を見た京都人は、秀吉のことを嫌ったでしょうね。
大阪では、秀吉人気はすごいらしい。
大阪人が好きなら、京都人は嫌いというのが普通です。

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昨日は、ここまで記事を書いていたら、電話が鳴り始め、一日中色んな話しをしながらデスクワークをこなし、最後に業者さんに依頼しに走った。
その時、雷が凄い勢いでなり、移動している間に夕立状態。
どうなるかと思った。
でも有り難いことに傘は差さないで済んだ。

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で、夕方、京女と待ち合わせ、デパ地下で買い物。
すごい人でした。観光客と帰省のお土産を買う人、孫を連れたお爺さんとお婆さん・・・とにかく人が多い。
いままで、こんなことはなかったのに・・・。

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家に帰ってからも電話がかかってきてズッと話していた。
そんな日もあるのです。
お陰でお手紙やメールを書きそびれました。

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三十三 [社寺]

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↑三十三間堂入り口

近くだけど、なかなか入らないのが三十三間堂。
観光で京都にこられる人は、行くのでしょう。
父親に聞いたら、行ったような、行かなかったような・・・・との答え。
一度連れて行かないといけませんね。

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↑通し矢をする場所

この三十三間堂の風神・雷神像と二十八部衆像の配置換えがあったのだそうで、それを観に行きました。
並べ替えで三十三間堂創建当初の並びになったそうです。
ここの風神・雷神像と二十八部衆像は、好きなんです。
観ていると懐かしい感じがする。
なんだろう?

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今回、千手観音坐像をしっかり観た。
三十三間堂の「三十三」という数字は、三十三の観音の姿になり人々を救うのだそうです。
お堂の中に1001体の千手観音があります。

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↑小説や映画では、ここで宮本武蔵と吉岡伝七郎が闘った場所。もちろん事実ではない。でも映画の撮影は、ここで行われた。今では考えられないことなんです。ここは国宝ですからね。

一体一体が千手観音なんです。
数があれば御利益があるの?
各々の観音に手が千ある。
あの手この手で千体の観音が私たちを救ってくれる?

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実際の数でなく、1000は無限を表現している。
しかも、時間的に過去・現在・未来と広がりを持っている。
三十三間堂の観音像はその無限世界を表現しているらしい。
「そこまでして人間を救う必要があるのかな?」とちょっと思いました。
人間の行いは愚か過ぎませんか?昔から比べてどんどん人間性が退化して来ているように感じる。自分で災いの種を蒔き、結実させているように感じます。
その根本的な部分を救う?
それならわかるけど。

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ならこんなお堂に引き籠もってないで、外に出て来て実際に活動しゃはったらいい。
いま、やらないと手遅れになるかも。
地球の自浄作用が始まって来ているように思いますね。
観音さんは、どう考えておられるのかな?

和菓子

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本堂大修理中 [社寺]

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↑清水寺本堂、現在の状態。拝観はできます。

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本日の写真は、清水寺の本堂の大修理をしている状態を撮ってみました。
いつもの清水寺の本堂を期待してこられた観光客はがっかりするかも。
でもこの状態は50年に一度しか見ることができないのです。
だから出会えたらラッキーかも。

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↑子安塔方面から本堂を見る

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いまは、檜皮(ひわだ)つまり、ヒノキの皮を集めるもの大変でしょうね。
瓦と違って軽くて建物に負荷が少ないという利点があるそうです。
でも自然の材料なので年月が経つと吸水力が落ち、乾燥して燃えやすいという状態になるそうです。
だから古来、関係者の間では、別称で「火の木(=ヒノキ)」とも呼ばれるほどです。

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それから「清水の舞台」
先日、森清範貫主のお話では、平安時代に舞台はなかったそうです。
だから清少納言や紫式部が通っていた時、舞台はなかった。
舞台が作られたのは、はっきりわかっていないらしいのです。
12世紀初頭ぐらいではないかとのこと。

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↑本堂は覆いがかけられているからこんな感じになっています

本堂や舞台は国宝なんです。
みなさん、観光に行くでしょ。
国宝の上を土足で歩いているのです。
すごいと思いませんか。
舞台の檜の上にピンヒールの跡がついていたりするのを見ると心が痛みます。

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↑このような眺めは今限定

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先ほど書いた本堂の屋根も檜皮を使うしかないようです。
これだけ科学技術が発達しているのに、パッとみたら檜皮で、実は新素材というわけにはいかないようです。舞台の檜も同じ。
技術的に防腐処置すれば、腐ったり、防火になるかもしれないのですが・・・。
国宝だとそういう訳にいかない。
難しいものですね。
それと柱の問題もあります。
柱を交換するのですが、それに使える大木がないそうです。
清水寺では、山を手に入れ植林をし、遠い未来のために備えているという話も聞いたことがあります。

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だから、舞台を修理してら、「清水の舞台から、バンジージャンプができるようになる」なんてことはないです。やったら流行るでしょうけど。
バリアフリー化も結構進んでいますね。
車イスでも拝観できるようになっています。
それは素晴しいことだと思います。

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↑私は向こうの山の中腹、子安塔よりちょっとしたぐらいに住んでいるのです。清水寺の境内放送も聞こえます。

ただ、清水寺に来る時の車の問題はあります。
それが元で交通停滞が下界で起こっている。
本当は、いつも書いているように五条通に地下鉄を通し(西山〜六地蔵)清水寺駅から巨大なエレベーターで仁王門の所まであがることができればいいと思う。
それが清水寺専用シャトルバスを運行する。他の観光バスは禁止にする。もちろん自家用車は不可。まあ、門前会は反対するでしょうね。でもそんな個々の問題を取り上げていたら、あのあたりの交通停滞は解決しない。
京都市内は、そういう問題が多すぎます。
いま、地下鉄の東西線がありますが、本来五条通に地下鉄を通せば良かったといまでも思います。

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↑音羽の瀧

それと市電を廃しにするべきでなかった。
車を規制すればよかった。
いまでも四条通なんかは、自家用車は規制する必要があります。
バスのシステムも問題がある。
観光の人が料金支払いで時間がかかり、バスが数珠つなぎになってしまっています。
しかも歩道を拡張した弊害も出て来ている。
困ったものです。

後300年ぐらい経っても同じような状態で清水寺があるのかな?
観光で子孫が行ったりするかも。
過去というのもある。先祖が観光(当時なら遊山)で舞台に立ったりしている。
清水寺に行ったら必ず行きますよね。
いまの私と隔てているのは時間だけ・・・。
こういう有名な場所は、面白いものですね。

和菓子

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早朝の清水寺 [社寺]

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↑仁王門から西の方向を見る。低い所は、朝日が当たっているでしょ。

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↑太陽が当たってきました。

「うら盆法話」が終わり、パンと牛乳、そして新刊書『四季のこころ』(森清範著・KADOKAWA刊)までいただき、後は清水寺境内を散策です。
ひょっとして一年振りになるかも。
最近、観光客が多すぎ、どうも足が向かないのです。
法話が終わって大講堂を出たのが午前7時過ぎでした。

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↑仁王門の左にある「馬駐」

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↑中にいま本堂の改修工事をしている。檜皮(ひわだ)の模型が置いてある。

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↑これ50年に一度ふき替え工事をするそうです。次回は完全に生きてへんがな・・・。

境内は、すっかり明るくなっています。
でも悲しいかな東山山麓なので、太陽がまだ顔を出し切っていない。
まあ、昨今の猛暑ですから、出て来て欲しくないのが本音ですけど・・・。

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↑西門

清水寺は、朝6時から午後6時なんです。
少し前なら、一般の観光客は、いなかったのです。
でもチラホラ外国人観光客がウロウロしていた。
日中の猛暑を避けて早朝拝観しておられるのでしょう。
それは、それでいいことかも。
ネットで「清水寺 営業時間」と調べるとすんなり出て来た。
「営業時間」は、ないと思うな。
営業と書くと、消費税対象になるかも・・・。

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↑鐘楼も綺麗になっていました。

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朝7時ぐらいでは、観光客は疎らだけど、9時ぐらいになるとドッと増えるのでしょうね。
清水寺や金閣寺や銀閣寺、伏見稲荷大社は、絶対的な人気スポットなんでしょう。
東大路通を走る市バスは、来るバス来るバスすべて観光客が乗っている。
地元としてはちょっと困りますね。

そういえば今日から「五条坂陶器まつり」や六道珍皇寺の「六道まいり」も始まる。
人がいっぱいになるのでしょう。
墓参りなんかもあるし・・・。
ヤレヤレ。

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夜明けの清水寺 [社寺]

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5日早朝、清水寺に行ってきました。
年に一度の「うら盆法話」を聞きに行ってきた。
今年で103回目。
1日から5日まで、5人の講師が話される。
私はいつも森清範貫主の講話を聞くことにしております。
もう何年行っているだろう?

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↑早朝5時の清水寺仁王門

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↑仁王門後ろ側が東側

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↑急速に夜が明けてきます

一番印象に残っているのが2014年8月5日の「うら盆法話」かな。
あの年の8月3日に母が亡くなり、死亡診断書の関係で告別式が8月5日だった。
実家で寝ずの番を2日やり、5日早朝4時半ぐらいに私だけ清水寺に行った。
もちろん「うら盆法話」のために。
実家を出て行く時に「どこへ行く?」と父親に言われた。
「ひとあし先に極楽浄土に・・・」と行ったかどうか憶えてない。

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↑この時間帯は、さすがに静か。これが9時過ぎると俗の世界になる。早朝ならタクシーで仁王門あたりまで来れます。

「うら盆法話」が終わってから、山沿いにマンションに歩いて帰り、家でシャワーを浴び、喪服に着替え、葬祭場で再び集合した。
葬祭場をマンションから近い場所に設定して置いたので、歩いて移動。
あの時は、まだあまり暑くなかったように思う。
葬祭場も一日違いで五条陶器まつりで休みになる所だった。
ギリギリでした。
そうそう「うら盆法話」の最初、般若心経が唱えられます。
その音を録音して、葬式の朝、みんなで聴いていたな。

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↑地蔵院善光寺堂/首ふり地蔵のあるところです

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斎場での儀式が終わり、車で帰る時、ひょっとしてマンションで我が家のメンバーは降りたかも。
いまハッキリ思い出した!降りました。
マンションに帰って普通の服装に着替えて、東華菜館で会食したかも。
当時のスケジュールを調べると7日に散髪に行っている。そうか散髪に行く時間がなかったのね。

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↑大講堂へ。この中で「うら盆法話」がありました。

2014年に比べたら、今年は楽なものです。
早朝タクシーをマンションに来てもらって、清水寺まで行っただけですから。
行きは、山沿いに歩いて行けないのです。
南門が6時開門だからなんです。
帰りの時は開門していますけど。
まあ、開いていても真っ暗な墓地を通って行くのもねぇ・・・。
雪が降った時、一度行ったことがあります。
真っ暗な墓地を雪に降られながら。
だから雪の清水寺の写真があります。

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色々な思い出が頭に浮かぶ早朝でした。
早朝の清水寺風景は、後日記事にして行きます。

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西寺はどこへいった? [社寺]

西暦794(延暦13)年、第50代・桓武天皇の勅願により、平安京の造営が始まります。平安京にはその中央にメインストリートの朱雀大路が通り、その東側を左京、西側を右京としました。そして、平安京の入り口である朱雀大路の南端には、羅城門(らじょうもん)と呼ばれる、幅36メートル、高さ21メートルの巨大な門が造られ、その門を入ったすぐ右手(左京)に現存する東寺が、そして、左手(右京)に西寺が創建された。

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↑昔は、京都市のメインストリートは、かなり西にあったのです。

左右対称に建てられた東寺と西寺はほぼ同規模で、それぞれ東西に約250メートル、南北に約510メートルもある広大なものでした。東寺にある五重塔と同様に、西寺にも五重塔があって、その2つの五重塔は、まるで平安京の門柱のようにそびえ立っていた。

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「国家・王城鎮護」を目的として創建された東寺と西寺は、ともに820(弘仁11)年頃までには完成し、西寺にも、東寺と同じように、南から南大門、中門、金堂、講堂、食堂の順に伽藍が並び、金堂や講堂の周りには僧坊が置かれていた。

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↑石碑が小高い所に建っている。

823(弘仁14)年に嵯峨天皇は東寺の管理を空海(弘法大師)に、西寺の管理を守敏(しゅびん)に委ねた。東寺は真言密教の根本道場として発展するのに対して、西寺には、全国の寺院や僧尼を統括する施設「僧綱所(そうごうしょ)」が置かれ、天皇の国忌を行う官寺として発展しました。こういう点からすると、もしかすると当初は東寺より西寺の方が格上だったのかも。

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東寺の空海と西寺の守敏は、同じ真言宗の僧ですから、ライバル意識がすごかったのかも。
象徴的な事件が起こりました。
824(天長1)年、雨が降らず、干ばつ続きで困っていた朝廷は、2人に雨乞い対決をさせたのです。

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↑西寺は、この石碑があるだけ。

西寺の守敏は、金堂に籠もり、三日三晩寝ずに祈祷を行った。でも雨は降らない。ところが、空海が神泉苑(しんせんえん、現二条城の南)の竜神の池にある祠で祈祷をし出すと、にわかに空は厚い雲の覆われ、夜の如く暗くなって、激しい雨が降り始めたのです。そして、池の中から金色の龍、善女竜王(ぜんにょりゅうおう)が現れた。この結果、当然のことながら、朝廷の守敏への信頼は失墜することとなった。

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↑出土したものなんだろうか?

ひょっとして西寺の守敏が三日三晩寝ずに祈祷した後、空海が祈祷をしたのなら空海の作戦勝ちかもね。
この事件は、有名なエピソードになり、空海は名声を得た。官寺といってもバックアップする時の権力者が空海の後援してくれた。だから東寺は、現在にいたるまで残っている。
反面、西寺は、同じ官寺ではあるけど、スポンサーがつかないと修復・管理の費用が足りなくなる。
それが衰退の原因になったかも。

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それと今年は、大雨があり、桂川が氾濫しそうになりました。
昔は、いまと違い地水が行われていない。
京都の右京は水はけが悪く、平安後期になると人があまり住まなくなったそうです。
その悪い環境が故に西寺は衰退し、ある時、火事や戦乱にあっても修復されなかった。結果、いまのような状態になったのでしょう。

御所も当初は、右京寄りにあったけど、結局左京方面に移動した。
これは、水はけが悪くて環境が悪かったからなのかも。

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矢取地蔵寺&羅城門 [社寺]

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↑矢取地蔵寺

一昨日は、ミスター・ギョーザに餃子を食べに行ったのでなく、羅城門と西寺跡の写真が撮りたくなったので、行った。
京男が、餃子ときゅうり漬のために行ったと誤解されたかも。
そんなことは・・・ちょっとあるか。(笑)

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折角写真を撮って来たから、ご覧になってください。
この矢取地蔵寺は、東寺の弘法大師と西寺の守敏僧都(しゅびんそうず)の加持祈祷の戦い?の後日談伝説。
詳しくは高札を読んでください。

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矢取地蔵寺の近づくとお堂からきらっと鏡が光っていたのが印象的。
お地蔵さんが合図してくれたのかも。
「こんにちは〜」と言っておきました。

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矢取地蔵寺の向かって右手に「羅城門跡」と丸い柱が建っている。
気の早い人なら、これを撮影して帰るかも・・・。

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奥の方を除くと木の側に石碑がありました。

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よく「羅城門」って「羅生門」じゃないの?
そう思う人もいるかも。
『羅生門』は、芥川龍之介の小説のタイトルです。
そうそう黒澤明監督の『羅生門』1950年の映画もある。
黒澤明?「ラブユー東京」という歌を歌っていた?と考える人もいるかも。
あれは、黒沢明とロス・プリモスのことです。「澤」違いです。
私は「七色の虹が 消えてしまったの シャボン玉のような あたしの涙
あなただけが・・・」なんて歌えません。

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剣さんの「ほうらく灸封じ」 [社寺]

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↑剣神社

昨日は、ハードな一日でした。
朝、剣神社まで歩いて行く。
この神社は、今熊野一帯の産土神で、とくに子供の疳虫封じ祈願で知られているそうです。
我が家の子供たちは、お世話にならずに育ちました。

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↑白山姫、邇邇藝命、伊邪那岐命、伊邪那美命、天照大神をお祀りしている。お祓いを受けるために、お祀りしている神様を理解して置くひつはあります。他の神社でもそうです。

家から山なりに南に歩いて行けます。
同じように逆に北へ行くと清水寺。
それが東大路通まで降りるとまた登らないといけないので大変なんです。
剣神社まで徒歩10分もかからない。清水寺も同じぐらいかな。

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↑このように頭の上でほうらく灸をします。もちろん熱くありません。

昨日は、歩いていて剣神社に到着して、受付をすませ。
本殿でご祈祷を受ける時、汗がドッとでました。
最後は、自然の風が吹いてきて、ちょっとは涼しくなりました。
祈祷受付で住所をいうと近くなのがすぐにばれます。
他に来ていられる人は、遠い所から来られていましたよ。

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↑これが「もぐさ」国産なんだそうです。最近国産は少ないのだそうです。

この「ほうらく灸封じ」は、年に一回、夏土用の丑の日に行われます。
だから本日、行ってもだめです。
京都ではこの時期、色々な「○○封じ」をやっています。
「きゅうり封じ」「御手洗祭」「狸山谷不動院の狸谷山火渡り祭」なんてのもあります。父親を一度「狸谷山火渡り祭」につれて行きたいけど、あの階段は無理だろうな。火渡りをする父親を見てみたい。どういう反応をするだろう。
もっとも一応戦争体験者だから火渡りは大丈夫かも。
いつか「御手洗祭」はつれていったな・・・。
これは、来週でも行けるか。

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今回の「ほうらく灸封じ」は、私一人で行きました。
2年前に行っているのです。
回復した御礼に行きたかったのもあります。

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↑ほうらくにもぐさをセット

ほうらく灸は、お子さんでも大丈夫なんです。
もともと子供用にと考えられたものかもしれませんね。
これをやったおかげで、夜泣きはピタッとおさまったかな?
京女は、無呼吸は治ってないと言われました。

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↑底には「剣大明神」の文字。

終わって気持ちがスッキリさっぱりしました。
その後、本物の針灸治療へと移動でした。
それがおわってからボイストレーニング。
ホイストレーニングは、はじめての体験。
新しいことをはじめるのは楽しいですね。
意外と息漏れしてないことがわかりました。
でも先生の声には負けるので、しっかり訓練を受けなくちゃ。

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↑もぐさは7つ、何か意味があるのかな?

大汗の一日でした。
さて本日は、終日大阪。
明後日は、実家へ。
私の仕事ができませ〜ん。

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茅の輪くぐり・・・2 [社寺]

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↑新熊野神社(いまくまのじんじゃ)茅の輪

昨日の続き。
30日の日は、雲行きがとても怪しい日だった。
Yahoo!天気で確認するとずっと雨マーク。
それなのに青空が少し見えていた。
ネットの天気予報もいい加減だ。
みんなの頭上の空を撮している方が確かかも。

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というようなことで30日は、自分の頭上と風の方向、それと自分の直観を元に外出することに決めた。
それで近所の新日吉神宮(いまひえじんぐう)の茅の輪を撮影。
それだけでは・・・と欲がでて新熊野神社のも行った。
行事は終わっていた。それはわかっていました。
人は意外とすくなかった。
茅の輪の状態を見ると作ってから時間が経っている感じがする。
いつから出来ていたのかな?
きっと出来た時に近所の人はくぐりにきたのかも。

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↑茅を抜いて持って帰る人がいるんだ。

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↑こんな風に自分でつくるのです。我が家にも手作りの茅の輪がたくさんあります。同じものが何年も置いてあります。気が抜けたら自分で入れなおすので問題ないです。御札でも同じです。たいだい神社の御札、神様がちゃんと入ってないのが多い。
社務所で「この御札に神様が入ってないので、入れなおしてください」と言ったらどうするだろう?

まあ、観光で小さな神社にこないのでしょう。
その方がいいと多う。
神社も観光客が団体で来られても対応に困るしね。
はっきり言ってお金にもならない。
それより氏子の人が来てくれた方がいい。
神様はそんなこと考えないか。

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↑晴れながら雨が降り出した。

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↑空が黒くなり、雷と土砂降り状態。スゴールですね。

なんて考えていると雲行きが怪しくなってきたので、買い物をしてタクシーで帰りました。
帰った途端、雨が降り出した。
雷まで鳴り出した。
これで梅雨明けなのかも。
そうなら水不足で大変な夏になる。
台風も来ていたりする。
やっぱり天候が変ですね。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/01/22
  • メディア: 単行本


↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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