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あの時の龍王ね [社寺]

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↑東寺境内にある善女大龍王の碑

この善女大龍王は、824年(天長元年)、時の帝、淳和天皇は長引く干ばつに対して興福寺(西寺とも)の守敏と東寺の空海に対して祈雨の修法を命じた。守敏が7日間にわたって修法を行うも効果少なく、次に空海が当時大内裏に南接していた神泉苑にて修法を行うが1滴の降雨もない。調べると空海の名声を妬む守敏により国中の龍神が瓶に閉じ込められていた。しかしただ1体、善女龍王だけは守敏の手から逃れていたので天竺の無熱池(むねっち)から呼び寄せて国中に大雨を降らせたという。

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↑どこにあるかというと弁天堂の後ろに善女大龍王の塚?がある

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↑弁天堂

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↑右側を通って奥に行くと見えます

神泉苑で雨乞いを競った有名な話。
空海さんは、この時の功績で東寺をもらったそうです。
守敏さんに言いたい。国中の龍神が瓶に閉じ込めたりできるのに、なんで雨を降らすことができなかったのだろう?空海さんより加持祈祷の腕が上だと思うけどなぁ・・・。

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↑善女龍王像 長谷川等伯・画 安土桃山時代 七尾美術館蔵、ウィキペディアより

空海さんは、唯一残っていた善女龍王を使って雨を降らせた。
いまならすーさんを呼んで来たら雨は降ります。
私が空海ならそうします。(笑)

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この話、『今昔物語集』の第14巻、「弘法大師修請雨経法降雨語第四十一」にも、空海の請雨に応じる善如龍王が登場する。干ばつがあり、天皇の命により空海が神泉苑において多数の高僧と共に請雨経の法を執り行った。祈祷が7日間に及んだ時、祭壇の上に五尺ほどの蛇が出現したが、その蛇は頭に五寸ほどの金色の蛇を載せており、すぐに池に入っていった。空海の他は4人の高僧だけがこの蛇を見た。空海は彼らに、天竺の阿耨達池(阿耨達智池とも。あのくだっち)にいる善如龍王が請雨経の法の霊力を顕すために現れたと説いた。まもなく空が曇って雨となり、国中が潤ったという。

ほとんど、引き写しでした。

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タグ:京都 社寺
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