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おみくじ [社寺]

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↑東寺「食堂」これ「じきどう」と読みます。入ってもランチを食べられません。

今日は、おみくじについて書きます。
社寺でなにげなくひいたりしますよね。
これは、中国から日本に入ってきたものなんだそうです。
使い出したのは、元三大師の名で知られた第18代天台座主の良源上人なんだそうです。
元々は、仏教の習慣だったのかな?

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このおみくじ、神社とお寺で違うそうです。
なにが?
双方、ご託宣ということでは、同じですが、文章形式が違うそうです。
社寺が漢文なのに対し、神社は和歌が書かれています。おみくじは武士や僧侶が占うもので、彼らは漢文をたしなんでいました。
もちろん、われわれのような庶民は、ご託宣なんか知る必要はなかった。
まあ、和歌を見て「そうなんだ!」なんて思える人は、そうとうな人だったのでしょう。

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社寺でおみくじなんて形で、するようになったのは江戸時代ぐらいかも。
それとも明治時代?
庶民が知りたい託宣は、恋愛とか商売繁盛程度のことでしょう。
そういえば、おみくじを作ったこともあります。
そのために社寺関係に用品をおろしている会社に行ったことがある。
色んなおみくじがありました。
大吉〜大凶なんかの比率も変えられた。
社寺によって色んな考え方がありますからね。

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結局のところ、吉凶なんて目先で判断することではないように思います。
目先で大吉でもよくないこともある。大凶でも結果的にいいこともある。
ご本人の心の持ちようなんでしょう。
そういえば占いなんてのもあまり興味がなくなってきたかも。

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もう故人になられたけど、知人で易の達人がいた。
彼は、上場企業の経営者だった。
当然、生活のために易をやっていた訳ではない。
曰く「占いは、売らない」なんだそうです。
広い邸宅で直観に関する勉強会を開いておられた。

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その方でも奥様の寿命やご自身の寿命はあてられなかった。
自分や身内は、どうしても欲のようなものが働くのでしょう。
それと未来は、可能性の数だけ、いま現在にある。大なり小なり相違はあるけど、決まっているのかも。過去も可能性の数だけある。
寿命だってわからない。わからないから脳天気に生きていられる。
「いい縁に恵まれますように・・・」なんていい神仏に加護をもとめても、そうならない。「自分自身がいい縁」になる以外にいい縁はこないものなのかも。
自分の生き方が悪くていい縁にならないのを神仏のせいにすべきでない。
つくためには、ついている人やモノと付き合わないといけないとエライ人はいう。
回りを見回してもそんな人やモノがない場合はどうするのか?
自分の中についている部分を探すしかない。そしてその部分を伸ばすしかない。
いわれれば当たり前のことだけど・・・。


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タグ:京都 社寺
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