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土蜘蛛塚 [社寺]

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↑朝日山東向観音寺

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↑本堂

ここは、北野天満宮の隣(?)にある北野東向観音寺。
寺伝によると元のお寺は朝日寺といい延暦25年(806)に建立。
いまの観音寺になったのは、天暦元年(947)。
北野天満宮の奥之院的存在らしい。
本堂が東向になっているから「北野東向観音寺」となったそうです。
最初は、西向もあったそうですが、前の戦争(応仁の乱)の時に焼失し、西向の方は再建されなかったそうです。
斜向かいとかもあったのかな?

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↑岩雲辨財天

北野天満宮と関係があったのでそうね。
昔は、いまと違い神仏が渾然一体としていました。
日本は、面白い国です。すべて習合してしまう。
御利益があればなんでもありということ。
他の国では考えられないことだと思う。

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↑護摩を焚いたのかな?

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↑伴氏廟

この「伴氏廟」ってなに?
調べてみました。
菅原道真さんのお母さんなんだそうです。
結構教育ママだったかな?
「ひさかたの 月の桂も 折るばかり 家の風をも 吹かせてしがな」
と詠んだ歌が『拾遺集』に残されている。

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↑一番右の覆いがあるものが「土蜘蛛塚」

「塚」ってお墓のことかも。
土蜘蛛は、古代日本で、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑などに対する蔑称。
各地にたくさんそういう存在がいたのでしょう。
ひょっとして縄文人の生き残りかもしれない。
山奥なんかにひっそり生活していたんだろうな。
九州沿岸には海蜘蛛というのもいたらしい。

この塚が土蜘蛛由来というのはなんできまったのかな・・・。
なぞだな。
高札的にはそう書いてあるけどね。

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↑妖怪土蜘蛛絵図、京女が怖がりそう。

ちなみに京女は、蜘蛛や百足、ゴキブリが苦手です。
でも海老や蟹は喜んで召し上がる。
なぞだな・・・。

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タグ:京都 社寺
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