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懐かしいなぁ・・・ [洛外・食]

もう年末になってきましたね。
京都の街では、門松があちらこちらで立っている。
昨日は、父親とお墓の掃除。
まあ、私が全部やった訳ですが・・・。
父親も私のお古の杖をつかうようになって、お墓でもスムーズに歩けるようになりました。もうすこし私の杖に関するアドバイスを聞いたらいいのですが・・・。
教えても理解しないのですよ。
彼は私のような目に会っていないから、当然リハビリの訓練も受けていないけど。
二人で墓参りをするなんて、十年ぐらい前なら考えられない。
人生って面白い。

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さて、本日の写真の説明。
今週の火曜日、大阪に行きました。
遅めのランチと思ったのですが、学校が冬休みになっているからか、しょうもないお店でも行列ができていて、どこに行ったらいいのかわからなくなった。

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フト、昔のことを思い出し、阪急電車高架下の小さなお店がたくさんある所に行った。
本日の店「おおさかぐりる」に初期の学生時代(短大)によく行っておりました。
その時、短大の学食の定食が140円だった。その時、この店は120円だった。
いまでは、昔のサービスランチが880円。
高くなったものです。
当時、蓬莢の豚まんが1個40円、焼売5個で70円。あべのアポロビルにあった四国うどんが1杯60円。
その時からインデアンカレーは、三番街に同じかたちでありました。値段は憶えていない。ピッコロのカレーもあった。プランタンのクロワッサン。
当時、東横堀川沿いの順慶町の一戸建てに一人で住んでいた。高田郁さんの『あきない世傅 金と銀シリーズ』に住んでいたあたりの地名がよく出てくる。聴いているととても懐かしいのです。

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この「おおさかぐりる」で、食べるのはいつも「ランチ」なんです。
もう「ビフカツ定食(いまはないみたい)」を食べてもいいのです。でもこのお店では、それ以上のメニューは食べないのです。
それが自分でも面白い。
どんなに偉くなっても?若い頃のことを忘れないというような意味合いなんだろうか。

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↑いまの私には厳しい量となってしまった。まわりの人はご飯大盛りだった。

最初、大阪に一人で住みだした時、順慶町にある一杯飯屋で食べていた。それでえらい痩せてしまったのです。だから、もっといい食事を食べないといけないということになった。それからですよ。食べ歩きを始めたのは。プランス料理を食べたかったのです。そのために、テーブルマナーを徹底的に研究した。
当初は、自分で作るための技術がなかった。技術を憶えるのは、かなり後になってからなんです。
歩いて心斎橋に行けたので、毎日心斎橋で夕食だった。
父親の会社の元大阪支店の建物だったから、二階建てで倉庫スペースがあった。お風呂もあったけど、暗室に改造していた。お風呂は、川を渡って松屋町あたりの銭湯に行っていた。
懐かしい・・・。

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当時の大阪の食べもの屋さんはよかった。
もちろん、神戸もね。
でも、食べ物のグレードが上がっていったのに、「おおさかぐりる」では、「ランチ」なんです。
以降、どんな時でも時々、ここで食べていた。

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この間、写真のランチ定食を食べた。
よく食べたと思います。
もちろん、その日の夕食は抜きになってしまいました。
食べながら、頭上を走る阪急電車の「ゴットンゴットン・・・」がなんとも懐かしかった。あの音を聞いていると「いまは、何時代?」と思ってしまいます。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
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タグ: 洛外
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常盤万作

京男様おはようございます。
皆さん忙しいようで、コメントも遅れていますね。
「懐古の情」ですか。
18歳の頃を顧みます。と言っても食べ物の思い出です。
①寮の食堂で食べた「コロ」鯨の油抜き脂肪ですね。
②鯖のキズシ、初めて食べた。
③奈良中央郵便局前にあったオムライスの店。
④奈良国立博物館前の下下味亭の定食。一つの定食だけで迷わない。
by 常盤万作 (2017-12-29 08:54) 

京男

>常盤万作さん、おはようございます。
私は、いい時代に生まれたと思います。
日本ではじめて・・・なんていうのが多かった。
ピザ・ハンバーガー・フライドチキン・スフレタイプのチーズケーキ等々それまで日本になかった。そうそうインド料理なんてのも大阪にはなかった。グルメなんて言葉も無かった時代。Faxも無かった。もちろんネットやスマホ、携帯電話ですら無かった。食べ物の情報なんて作家のエッセイや小説の中でチラッとでてくる程度。
いま、景気がいいと言われていますね。でも食や服装は貧相になっている。それに気付いていない。私の時代の青春に比べたら、いまの若者は可哀想なぐらい萎縮している。エネルギーが枯渇してジジイのような若者が多い。去勢されたくないものです。
でもそんな中でもエネルギーがある子たちも出て来ているかも。少ないけど。
by 京男 (2017-12-29 09:29) 

pochikun

お父さん、こんにちは。
昔のお値段を聞いてもピンと来ないわねぇ。
お高いのかお安いのか。。。ちっとも分からないわ。
未だに10円?のチロルチョコって凄いって事?笑
洋食屋さんのメニューを見ても心躍らなくなったわ~。
きっと揚げ物はもうダメね。食べられないわ。
by pochikun (2017-12-29 10:56) 

常盤万作

つづき
小説家が食べ物の事を書くのは「種切れ」だそうです。
読者にも共通の素地があるからです。

今の若者の食を拝見すると、悲しくなりますね。
給食で育った親の子で、1枚の皿に乗っているのが好きです。
セルフも平然と受け入れ、スマホの情報を完全無欠に信用しています。
そのくせ食事の躾は何もありません。
by 常盤万作 (2017-12-29 16:14) 

京男

>pochikunさん、こんばんは。
昔の方がノンビリしていた割りには、給料がよかったかも。
バブルを知っているから、いまの若者は可哀想だと思います。
老人は、あのバブル再燃を望むけど、無理でしょう。
いずれいまのミニバブルは破綻する。紙幣を印刷して株価を上げているだけですからね。
洋食はだめですね。ヘットやラードがだめなんです。高級なオリーブオイルで揚げたらいけるかも。
by 京男 (2017-12-29 17:51) 

京男

>常盤万作さん、こんばんは。
種切れ・・・そうかもね。でも開高健なんかのエッセイは参考になりました。『夫婦善哉』を読んで自由軒に行ったりしていましたよ。
食育というなら、あの貧相な給食をなんとかしないといけません。
テーブルマナーもたたき込むのがいい。他国からミサイルを買う予算でできると思う。ネットの情報を信用し過ぎですね。自分の舌・鼻・足を使わないとね。メールじゃかう生で話せる実力をつけないとね。
by 京男 (2017-12-29 17:56) 

すー

おはようございます
大掃除でバタバタしてすっかりご訪問を忘れていました。すみません!
いつもと生活パターンが違うと調子が狂いますね。
by すー (2017-12-30 05:09) 

京男

>すーさん、おはようございます。
そうです。雑用が増えてなかなか机のところに座れません。
こんなことは少しずつ止めたいものです。
by 京男 (2017-12-30 10:13) 

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