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そうだ 弘法市、行こう。 [社寺]

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↑東寺の五重塔

昨日は、早朝からフルスピードで仕事。
電話の打合せもした。
気が付くと8時になっていた。

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突然、JRのポスター風に「そうだ 弘法、行こう。」と思いたつ。
そうなると怒濤のように家を飛び出していった。
坂を駆け足で降り、バスに飛び乗り、東寺へ。
目的は、お餅を買うこと。
動機が小さい?!
かまへんかまへん、食べたいから仕方ない。
もちろん私だけではない。
いろいろな所に持って行かないといけないのです。

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最近、黒砂糖の入ったお餅が無性に食べたいのです。
この黒砂糖を練り込んだ棒餅がありそうでない。
確実にあるのが弘法市なんです。
弘法大師空海さんが入滅したのが3月21日なんです。だから毎月21日が命日になる。それを記念し市が立つ。この手の市では、一番規模が大きいものだと思います。
日頃は静かな東寺の境内がこの日は人でいっぱいになるのです。

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↑南門の所に出ているお餅屋さん

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↑おばちゃんが元気に現役

目的のお餅を手に入れるには、少なくとも9時までに行かないといけません。売れてしまうのです。
昨日も私が大人買いしてしまいました。
買ってからお餅が重たいと気が付いた。

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買って猛スピードで歩き、二件届けた。
そして10時には、家に帰っていた。
それから、父親の依頼であちらこちら電話とメールで問い合わせ。
メーカーに問い合わせた結果、京都市内の店にあるとのメーカーだったので、家を出て向かう。
そこで、担当にいろいろ話を聞き、発註。

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↑弘法さんといえば「高野槙」

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↑東寺金堂

次は、眼鏡屋さん。
眼鏡が出来ているとのこと。
一番大切な仕事用の眼鏡です。
なんか眼鏡ばかり作っています。
眼鏡のフレームを微調整してもらい完了したらもう夕方だった。
百貨店で京女と待ち合わせ、買い物をしてタクシーで帰還。

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歩いた歩数が約一万歩。
私としては昨日に引き続きよく歩いたことになります。
しかもほとんど駆け足状態。
ちょっと涼しくなって来たから快調。

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↑弘法大師像

今日は、父親を鍼灸治療へ連れていかないと行けない。
当然、その前に会食。
何を食べたいといいだすだろう?
ここ3日間、ランチを食べる時間がなかったから抜きだった。
今日は食べられるかなぁ・・・。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
  • メディア: 単行本


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三本足のカラス [社寺]

台風一過、昨日は爽やかな天気だった。
噂では、そうやら敬老の日ということになっている。
京都市内の町内会は、高齢者に記念品を配ってくれる。
実家の町内は、2000円の百貨店の商品券をもらっていた。昔は、紅白上用饅頭がも配られていた。でも昨今カビが生えていた事件があり、廃止になったそうです。
だから、父親は、私達夫婦が行くと何かを期待しているのでしょう。(笑)
昨日は、直観的忖度ですべてクリアしました。

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京都市内の小学校の学区に1〜2件のお餅屋さんか和菓子屋さんがあった。
何かにつけて紅白上用饅頭が配られた。小学校や中学校の入学式や卒業式などの祝い事には、紅白上用饅頭がつきものだった。
結婚式でも紅白上用饅頭、お嫁さんが挨拶回りに持参する大きな紅白の上用饅頭で、中に小さな上用饅頭が入っているものも普通に配られていた。葬式では黄白上用饅頭というのもある。
最近、そういう風習はなくなってきている。小さなお餅屋さんや和菓子屋さんも後継者がいなくて廃業という状態が多くなった。

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お嫁さんの挨拶回りの「お嫁さんのおまん(他府県ではとんでもない意味になる場合もあるかも)」を子供は食べさされる。あれが嫌いだったなぁ・・・。
そうそう私が幼稚園前、よく母の実家にあずけられた。妹ができたからなんです。
母の実家は、全員甘党の家で羊羹が一人一本食べる家だった。お祖父さんがつくるおはぎも巨大だった。あれだけは、恐怖だった。きっと頑として食べなかっただろう。

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↑新熊野神社本殿

西陣の祖父母の家は、元々和菓子屋だったのです。だから全員甘党。
おじいさんは、御飯にお砂糖をかけて食べていたそうです。
あの家の匂いは、餡を炊く匂いがしていた。
お善哉なんかも当たり前にありました。
でも糖尿病の人は居なかった。母方は、高血圧と心臓病の系列なんです。私もその系統なんです。父方は、祖父母が糖尿病だった。だから父親も糖尿病。でも2型だから普通に生活習慣病なんだろうな。

例によって話が表題からドンドン違う方向に逸れてしまった。
本来のタイトルの話をしないとね。

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↑本殿の屋根にある八咫烏

本日の写真は、今熊野神社(いまくまのじんじゃ)の写真です。
ここは、「京都三熊野」の一つなんです。
後の二つは、熊野神社と熊野若王子神社です。

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後白河天皇は1155年に即位し、1158年に退位したが、退位後も現在三十三間堂の東側にある法住寺にて院政を敷き、その場所は「法住寺殿」と呼ばれる。その鎮守社として新熊野神社が、鎮守寺として三十三間堂が創建される。造営に当たったのは、法皇の命を受けた平清盛・重盛父子なんです。
この時代、熊野詣が流行していた。遠いですよね。だから京都につくろうとなったのです。

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熊野本宮大社といえば、三本足のカラスがお使いとなっている。
三本足のカラスを八咫烏(やたがらす、やたのからす)といいます。
八咫烏は、日本神話において、神武天皇を大和の橿原まで案内したとされており、導きの神として信仰されている。また、太陽の化身ともされる。
足が一本多いだけで太陽の化身ですよ!

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熊野三山においてカラスはミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされており、八咫烏は熊野大神(素盞鳴尊)に仕える存在として信仰されており、熊野のシンボルともされる。近世以前によく起請文として使われていた熊野の牛玉宝印(ごおうほういん)にはカラスが描かれている。
この八咫烏は、日本サッカー協会のシンボルマークになっていますね。

面白いですね。
もしゴミの日に三本足のカラスが来たら、お供えをしないといけません。
だからよくカラスを見た方がいいかもね。

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 [社寺]

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↑ここは、こういう風に瓦が地面に埋め込まれている。この状態が気になったのか、結構長時間眺めていたように思う。

昨日の日中、雨が降らず風がちょっと強い程度でした。
夜になり、台風らしい風が吹いいた。
私は、台風が近づくと妙に元気になります。
エネルギーをもらうのかな?

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窓を開けていると風が部屋を通ります。
ただ全開すると机の上の作業中の紙がエライことになるからできないのが残念。
風の音や風圧を身体に感じる細胞が活性化してくる観じがします。
外に出て・・・なんて思いますが、昨日は籠城でデスクワークと決めているので作業に没頭しておりました。
例によってあっという間に一日が終わった。

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↑普賢堂

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↑この窓に映った景色を長い時間眺めていた。

本日の写真は、妙法院の風景です。
ここは、観光客も少なく、考え事をしながらに最適。
歩きながらカメラで撮影しております。
後で写真を見ると面白い。
意図しない意図のようなモノを観じます。

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↑小さな祠

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↑白龍辨財天、柵があったので近づけなかった。でも暫く前に立っていた。

こんなところが近所にあるのは、とても幸せですね。
きっと縁が深いのでしょう。

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こういうのも気になった。長い間、見ていた。
きっと顕在意識でなく、無意識で眺めていたのかも。

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無意識の一日 [社寺]

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↑智積院の七条通の門、向こうに見えるのが七条通。

昨日の早朝は、雷と強い雨から始まった。
京女と長男が仕事に行く頃、雨は小降りになる。
朝のトレーニングをしているとベランダの外でセミがなんとも哀れを誘うような声で鳴いていた。
なんか可哀想になる。

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↑智積院の境内にある仏足石

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↑足の裏にこんな入れ墨をしたら目立つだろうな。

シャワーを浴びデスクワークに集中。
フト気が付くと昼になっていた。
一回も立つことなく、作業していた。
せっかくほぐした身体がまた固まった。

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↑大師堂へ行く石段

仕方なく散歩を兼ねて外出。
その頃には、雨は止んでいた。
気温は低かったけど、湿度が高い。
京都駅で買い物とランチを食べ、急ぎ帰宅。

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↑奥の建物が大師堂。大師とはマグマ大師のことではありません。弘法大師さんのことです。

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↑この像が弘法大師像

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↑空海さんの小さい時の像

作業に戻る。
フト気が付くと京女が帰ってきた。
何も考えずに作業に没頭している一日。
また身体が固まった。目もボロボロになる。
眼精疲労から来る頭痛がしていた。
それも気付いていない。
危ないなぁ・・・。
取りあえず、眼を温湿布し、ツボに自家製のシールを貼る。
これで、なんとか収まった。

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↑大師堂。真言宗開祖、弘法大師空海のご尊像を安置するお堂です。

そういえば昨日は電話がならなかったことに気が付く。
受話器が外れていたのかな?
デスクワークの山がちょっとは少なくなった一日でした。

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トマトとダイコン [社寺]

父とランチを食べながらやデパ地下を歩いていて、トマトとダイコンの話をしていた。
彼は、いつもトマトやダイコンを買います。
どうやって食べているのか聞くとトマトは、生で冷やして食べ、ダイコンはおろしてちりめんじゃこで食べている。

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↑本日の写真は、いつもの智積院。

トマトやダイコンの美味しそうなのを選んであげるのです。
父が「なぜ、そんなに慎重に選ぶんだ?」と聞く。
「食べ物を選ぶ場合は、食べ物と会話をしながら選んでいるからだ」と京男。
声には出さないけど「こんにちは。君何処からきたの?いい顔しているね。ちょっとお尻を見せて。肌はどうかな。大事に育てられたのね。いつからここで出ているの?そういう風に会話すると栄養素が高まるんだよ。美味しくなってくれる」なんてね。
怪訝な顔をされた。
「貴方は、食べ物に愛をもって接してないなぁ。だから糖尿病になるんだよ」

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父親に「なにが目的でトマトやダイコンを食べるのか」と質問した。
栄養があるからと答が返ってきた。

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トマトは、生食なのね。
父「ヘルパーさんに皮を剥いてもらって、スライスし、食べている」
私「自分で剥いたり、切ったりできない?」
どうもそのあたりが人に甘える所がある。
さらに聞くと、ヘルパーさんは、週に2回来るのです。
つまり、切った状態で保存しているということなのか。
それといつも思うのは、トマトの保存方法。
「トマトは、冷蔵庫に入れて保管しないのを知っている?」と私。
父「?冷蔵庫で保存するのが当たり前じゃないか」
「違う。冷蔵庫で保存すると良くない。トマトから出るエチレンガスが他の野菜を早く熟させてしまのよ。トマト自信のためにも冷蔵庫はよくない。冷暗所にヘタを下にして置いて保存がいい」

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何が目的でトマトを食べるの?
「栄養が・・・」と父。
なにかのテレビを観たのかな?
「トマトは低カロリーでさまざまな栄養成分が豊富な健康野菜。美肌効果や風邪予防に役立つビタミンC、老化を抑制するビタミンE、塩分の排出を助けるカリウム、腸内環境を整える食物繊維などをバランス良く含んでおるのよ。それを誰かに聞いたのかな」
リコピンが目的なの?リコピンは、活性酸素対応の栄養素なのよ。活性酸素ってわかる?人間は、動くと呼吸し、酸素を身体中に送る。そして燃やす。でもすべて燃やしきれず活性酸素という状態のモノが残る。これが身体の細胞を傷つける。それが老化や動脈効果、生活習慣病を引き起こす。
活性酸素を発生ささないためには、できるだけ呼吸をしないことやね。できたら水素を時々吸えばよろしい。これは、ウソです。

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このリコピン、トマトを生で食べるあまり吸収されないのよ。残念やけど。
トマトジューズやトマトペーストやトマトピューレを使った方がいい。ケチャップをチューチューするのは、あかんよ。

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次はダイコン。
父はダイコンをおろしてちりめんじゃこや桜エビなんかと食べるのが好きみたいです。
目的は「栄養があるから」なんだそうです。
聞くと、またまたヘルパーさんにダイコンをおろしてもらって保存。
三日間ぐらいで食べているそうです。

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ダイコンおろしを三日間かけて食べる?
ダイコンの有益な要素は3つ。
1.ジアスターゼ/食べたものを消化吸収するのを助けてくれる。天麩羅を食べても胸焼けするのを防いでくれる。いつか食べた安い天麩羅でたくさんダイコンおろしが付いていたでしょ。あれは、業務用のダイコンおろしで水分と繊維はあるけど、ジアスターゼは働いていない。だから胸焼けしたのよ。この話を聞いて父親は、業務用のダイコンおろしがあるのを知った。ショックだったみたい。

2.イソチオシアネート/香りや辛味の成分。これはガン予防になったり、細胞を若々しく保つように刺激してくれるのよ。

3.ビタミンC/これも結構多く含まれるのよ。

ただし、ダイコンおろし中にこの三要素が保持されるのは、15分なのよ。だから三日間もしたら水分と繊維ぐらいしかない。
それなら業務用のダイコンおろしで十分。最近チューブ入りのダイコンおろしがあるけど、あれは消費者向けの商品ね。

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結論は、自分でダイコンをおろし、おろしたてを食べるのが一番身体の為にいいのよ。なんてことを話していた。
きっと勝手つんぼ状態なので聞いてなかっただろうなぁ。
結構話したのになぁ。

後ろから着いてきたら漫才みたいだろうな。
そうそう、本日の写真は昨日の写真なんだけど、本文と全然関連性ありません。
すんませんなぁ・・・。

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「タコ焼く指導」? [社寺]

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↑蛸薬師堂

昨日の午前中はちょっとラッキーだった。
午前中、主婦的買い物の用事でお出かけ。
万願寺唐辛子、味醂、茸類、パン等を買いに京都駅方面か四条河原町方面に行こうと思った。
眼鏡屋さんから電話がかかってくるような予感がしていた。
案の定かかってきたのです。
自宅にかかって来たけど転送でスマホにきたのです。
予想通りサングラスが出来てきたとの電話だった。
となると四条河原町方面となります。
京都駅方面のバスに乗らなくてよかった。

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眼鏡屋さんに直行。
今回のサングラスは、紫外線の強弱で色が付くタイプ。
新しい視力に調整してあるので、モノを見るのが楽になった。
しかも、室内なら無色になってくれる。
もっと夏の初めに作ったらよかった。
最近、身分の身の回りになかなか神経が行かないのですよ。

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↑なんかごちゃごちゃしたはるなぁ。断捨離したら御利益力アップできるかもね。

眼鏡屋さんからすぐ近くの新京極にある「タコ焼く指導」なぜか「たこやすしどう」とタイピングすると「タコ焼く指導」と変換する。ATOKも暑さでやられたのかも。
大阪の人間の影響なんやろか・・・なんとなく意味がわかるのが面白い。
正確に変換すると「蛸薬師堂」に行く。
このお寺、正式名称は「浄瑠璃山永福寺(えいふくじ)」というそうです。

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↑なで薬師

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↑なかなかリアル

養和元年(1181年)室町の林秀が、比叡山の御本尊薬師如来の夢告により与えられた伝教大師が彫られた石仏の薬師如来をおまつりした六間四面の堂を作り、永福寺と名付けられたのが始まり。善光という僧が、戒めに背き、病気の母親に好物のタコを買う孝行譚に由来し、本尊薬師如来は蛸薬師の名で知られる。
京男の父はタコは噛めないから買わないだろうなぁ・・・。

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昔、京都市内でタコを食べられたのかな?
タコの木造がちょっと怪しい雰囲気を醸し出していますね。
そういえば、先週父親を連れて鍼灸の岡田先生のところで、父親の足裏にあった五百円硬貨大のタコをお灸でとってもらったな。父親は、あんな大きなタコがあるのを知らなかった。ちょうど見え難い場所だったのもあるけど。
岡田先生のタコとりの技が凄い。ひょっとしてこのお寺より凄いかも。
今度、ここにあるような「なで薬師」のような木造を持っていこうかな。

ここのおいてある木造を見ていると結構面白いですよ。

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地獄地蔵 [社寺]

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この矢田寺は、寺町三条の東北角にある小さなお寺。
寺町通を御池通に向かって歩くと必ず見えます。
このあたりは、寺町というだけあってたくさんのお寺があります。
お寺に入るとお墓がたくさんあったりする。
これは、豊臣秀吉が京都改造の時、お寺を集めたからです。
おそらく京都に攻めて来られたら防御にするためなんだと思います。

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↑金剛山矢田寺

この矢田寺、もともと奈良にあったらしい。
700(文武天皇4)年、奈良の大和郡山にある矢田寺の別院として建立された歴史あるお寺です。いまでも奈良に矢田寺はありますが、宗派がちがっています。子細はよくわかりません。
また、いつ京都の今の場所に引っ越ししたのかは、わかりません。

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矢田寺がまだ奈良にあり、住職が満慶上人の時の不思議ないい伝えがある。
満慶上人にお客さんがあった。その人は、心霊業界で有名な小野 篁(おの の たかむ)さんでした。
この人物、昼は朝廷の役人、夜は地獄の役人という役人の鏡のような人物。地獄で閻魔大王の顧問をしている人物なんです。
満慶上人は「そんな有名人がなんでこんなお寺にこられたのか?」と尋ねると小野 篁さんは「閻魔大王さんは、ご存知の通り死者の魂の行き先を極楽か地獄かに決める仕事をしたはります。私もその補佐をしているのです。でも死者が増えるばかりで、極楽や地獄の振り分け作業に不安を覚えるようにならはったんです。どうしたらいいと閻魔大王から相談を受けたのです。奈良にある矢田寺の満慶上人さんから菩薩戒(ぼさつかい:菩薩の戒め)を受けはったらいい」とアドバイスした。
はな頼むということになり、ここに来ました。

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満慶上人は「そういう事情ならやらしてもらいまっさ」となった。
そこで小野 篁は、満慶上人を京都の六道珍皇寺に連れて行き、井戸から地獄につれていきました。
閻魔大王は、まだ役所の方に出勤してなかったので自宅の方に行ったのです。まあ、他の職員もいるので自宅の方がよかったのです。
行くと閻魔大王が茶漬けを食べていた。話を聞くと昨晩、キリストの所で肉をご馳走になり、その帰りお釈迦さんの所でカレーも食べたので、なんや胃の調子が悪いので今朝はお茶漬けを食べているんや「あんたらもどうや?」・・・中略。
無事、閻魔大王に菩薩戒を満慶上人は伝授し、閻魔大王の悩みは解消した。

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↑21日は地蔵盆を中でしてはりました

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閻魔大王は、「せっかく地獄にきたんじゃけ、地獄で遊んでいったらどうや。鬼の可愛い娘もたくさんおるでな」と言ってくれた。
満慶上人は、焦熱地獄の所にまで来ると、そこに一人の僧がいるのに気がついた。
「あのおっさん、なにしてるんや?」と近づいて行った。
満慶上人はその僧に「なにしたはりまんねん」と聞いた。
その僧は「私は、世の多くの人が苦しむ身代わりとなってますねん」と答えた。
よく見ているとその姿が地蔵菩薩の姿に見えた。
満慶上人は、その行為に感激し、その姿を憶えて、この世に戻った時、その姿を仏像にした。
それがお寺にある本尊なんです。

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↑なかなか個性的な絵馬でしょ

だから、ひょっとして私は地獄に行くかもと思った人は、矢田寺の絵馬に奉納したらひょっとして地獄に行った時、保険になるかもしれませんよ。

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時を観じる [社寺]

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↑仁王門、写真では、明るく映っていますが、まだ薄暗い。

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↑清水寺「善光寺堂(首振り地蔵尊)」

昨日に引き続き清水寺の朝の景色。
5日は、早朝タクシーで清水寺に行った。
清水寺に行くためには、清水寺に近い高さから東大路通に下山し、再び清水寺の高さまで登って行かなくてはいけないのです。
普通なら、山に沿って行けばよいのですが、早朝では南門は開いていないのです。

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森貫主の話を頭で反芻しながら、ゆっくり歩く。
すると色々なモノが見えてくる。
なんでもない石仏も愛おしく感じる。
全部じゃないのが不思議。

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傳福禄寿といわれる石仏がある。
高札を書き写してみます。

傳福禄寿
清水寺縁起によれば奈良時代宝亀9年(778)音羽の滝一帯を中心として修行中の行叡居士より、大和の子島寺僧延鎮上人が霊水を嘱され、観音像を奉納し祀ったことにより当山の草創がある。
この石像はその頃、修行中の行叡居士のお姿として伝えられ、当時の仏教修行者は道教の熟達であったことが十分想像される数少ない資料の一つである。
しかし後世では、宝冠に似た頭布と広袖の衣、長髪の顎ひげをたらし右手に持つ錫杖、左手の経巻などの形から、七福神の一人、福禄寿として信仰を集め祀られてきた。

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↑傳福禄寿

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行く度に気付く景色が違うのです。
時間のベールが少しずつ剥がれてくるように観じる。

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↑子安塔

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↑綺麗になりました。一年ぐらい経つと色合いが落ち着いてくる。

本堂も三年後には、綺麗になるそうです。
それまで生きて居たら観に来るでしょう。
そして、その新し本堂も50年ほど経つとまた新しくなる。
その時は、確実にいませんね。
こういう所をあるくと面白い。

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早朝の清水寺 [社寺]

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先日、早朝に清水寺に行った。
森貫主の法話を聞くためだった。
その時の話のダイジェストはそのうちまとめます。
いい話をたくさんいただいた。

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↑これらのお地蔵さんたちは、明治の廃仏毀釈の時、京都市内から助けだされたのです。

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聞いた後、早朝の清水寺を散策した。
歩きながら、話を反芻する。
その時間が好きなんです。
優しい気持ちになれる。

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↑舞台から子安塔方面を見る。奥の山が豊国廟がある山。

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↑舞台から音羽の滝を見る

私は早朝の清水寺が好き。
これが9時ぐらいになると聖から俗に変化する。
京都に観光に来られたら、早朝の清水寺に行くことをお勧めします。
寺の表情が全然違う。

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↑この階段を降りた所が音羽の滝

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↑早朝なら音羽の滝から水を飲み放題

早朝の弱点は、東山にあるので日の出が遅いのです。
光線的には、昼前ぐらいがいいのかも。
でもその時間帯になると外国語が飛び交う喧噪の清水寺になってしまいます。

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おしょらいさん、いらっしゃい [社寺]

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↑六道珍皇寺

気が付いたら7日からお盆の行事が開始している。
お盆の行事に必要なのは「お精霊さん(おしょらいさん)」を向かえに行くことからはじまります。
お精霊さんを家に向かえ、16日の五山送り火で帰ってもらいます。
その間は、先祖や近親者の霊と暮らすというものです。
ちょっと前まで、お精霊さんを迎えに行くのは、東にある「六道珍皇寺」と西にある「引接寺(通称、千本ヱんま堂)」の2箇所だと思っていた。
なぜ二箇所なのか?
京都の大きな墓地が二箇所なんです。
東の鳥辺野(とりべの)、西の蓮台野(れんだいや)、もう一箇所はあるにはある化野(あだしの)です。
規模からいうと東の鳥辺野と西の蓮台野が昔から大きい。
平安時代からそうなのです。
鳥辺野→六道珍皇寺、蓮台野→千本ヱんま堂となります。
京都の地名に千本通というのがある。
それは、千本の卒塔婆を建て供養したことから「千本通」となったのです。

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↑高野槙が売っています

昔は、葬送の場というのは、風葬だった。
死体をそのあたりに置いたそうです。
鳥辺野も鴨川から清水寺の南側の一帯が風葬の地だったのです。
火葬もなし、ゴミのように棄てていたらしい。
そりゃ疫病も流行りますね。死体累々ですから。
火葬や土葬は江戸時代ぐらいになってからなのかも。
もちろん、貴族なんかは違います。
庶民の話です。
中には病気で瀕死状態でも棄てられたそうです。
平安時代ってそういう感じだった。
怖いでしょ。
だから都中、悪臭と疫病が蔓延していた。
だから祗園祭のようなこともしていたのでしょうね。

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↑迎え鐘を撞きます。独特の音なんです。

最近は、他の寺でもお精霊さんを向かえる作業をしてくれるようになった。
商売ですからね。

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さて話を六道まいりに戻します。
7日から10日まで六道まいりをしています。
この間にお精霊さんを呼びに行くのです。
初日の7日は台風5号の影響でとても呼びにいく状態でなかった。
8日の昼間に行ってきました。
7日に来られなかった人たちがおられた。

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↑戒名、俗名を水塔婆に書いてもらう

手順は、下記の通り
六道まいりに行き、お精霊さんをお迎えするのですが手順がある。
1.高野槙(こうやまき)を買う
2.本堂前で先亡の戒名、俗名を水塔婆に書いてもらう
3.迎え鐘を撞く
4.水塔婆を線香で浄める
5.地蔵尊宝前において高野槙にて水回向の後、その場所に納める
こんな手順です。

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↑お線香の煙で清める

これでお精霊さんが各家庭に来てくれます。
そして16日五山送り火であの世にお帰りになる。
だから、お盆にお墓参りをする家庭がありますよね。
あれは間違いかも。
墓地は、空き屋状態なんですから。
違うのかな・・・。
お墓ってなんやろ?

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↑高野槙にて水回向の後、その場所に納める。お精霊さんを家につれて帰る時、どうやって持って帰るのかな?自動的に家の仏壇にワープするということなのかな?依り代みたいなものは必要ないのかな?

昔は、遺骨を納める場所と拝む場所と別だったりしますよね。
どうなんやろ。
最近、若い世代であの世を信じている人が増えているらしい。
ちゃんと頭の中を整理した方がいいのかも。
社寺もチャンとアナウンスしてあげた方がいいかも。
商売もいいけど、心の不安を取り除くのが役割だと思うんやけど。

ここに来られている人たちも案外、わかっていなくてやっているだけかも。
あと10年もたったら、呼ばれる立場の人も多いように見えます。
次世代にちゃんと伝えられているのだろうか。
難しい問題ですね。

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タグ:京都 社寺
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