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お下がり [社寺]

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左義長は、無事恵方の方角に倒れました。
神主さんによると昨年は失敗したのだそうです。
だから日本にさまざまな事件や不幸なことが起こったのかも・・・。
有名な神社でも殺人事件がありましたよね。
風水害も多かった。大根や白菜も高かった(まだ根に持っている心の狭い京男)しね。
でも今年はうまく左義長タワーが上手く恵方(南南東)に倒れた!
縄をつけてタイミング良く引くのですが、結構難しそうだった。
それってその人の技量であって占いとは関係ないかも・・・。
燃やすのに石油を使っていたとか、細かいことを言えば切りがない。
結果がよければすべて良し。

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燃えている間に、般若心経を唱和でした。
神主さんが般若心経を唱えるのは、説明で聞いてはいましたが、不思議な感じですね。
それから玉串奉奠(たまぐしほうてん)、奉奠とは「つつしんで供える」という意味。ただ、こんな時なので作法は適当でした。それでいいのだと思います。
気持ちですから。

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山伏さん「お加持」をしてくれます。
これは、加持祈祷の加持。
人間のエネルギー場を整える作業なんでしょうね。
気の滞っている場所を気合いで調整する作業。

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調子に乗って並んでいたら、御神酒が待っていた。
思わず杯を受け取ってしまった。

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御神酒がつがれた。
さて、どうする?
まあ、神前に供えてあったから大丈夫だとは思うけど・・・。
「ままよ」と飲んでしまった。
結果、倒れた・・・というのはなかった。
まあ、このぐらいなら大丈夫ということなのか?
それとも事前の「お加持」のお陰なのかな?
顔も赤くならず、頭を痛くならずにすみました。
だからと言って、毎晩晩酌という気分にならなかった。

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これが「お下がり」です。
神前に供えたお餅。
夜に焼き、美味しくいただきました。
ありがとうございました。

和菓子

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  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
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左義長の炎 [社寺]

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さて、本日は、左義長の説明。
左義長(さぎちょう)は、どちらかというと神事の色合いが強くなる。
左義長は、「正月神事」の一つ、正月神事とはどういうことをするのか。
ここから先は、今熊野神社の宮司さんがお話になったことを要約します。
だから、歳徳神というのは出て来ません。
でも一年に一度、各々の家に神様がやってくるというのは共通です。

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正月神事は、「年神様」をお迎えするのが目的。
「年神様」は、祖先の霊をお迎えする。1月1日から14日まで祖先の霊をもてなす。14日が終わったら山へ帰っていただく。帰られた祖先の霊は、山の神となる。
山の神として、我々に水を配ってくれる。色んな動植物を育み、与えてくださる。つまり我々に幸せを与えてくれるのが山の神。
山へお帰りになる時、お正月のお飾りを燃納するのが左義長神事。

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年神様は、山へ帰ってしまうということなんだろうか?
各家庭にずっと神様が常駐じゃなく、場を整えるということなのかな?
神仏というのは、そういう役割なのかも。
われわれ、人間に神仏的な場を作るということかも。
でも人間は、この世に生きて居る。
切った貼った、良からぬことを考え、またする存在。
好きなようにさせておくと汚れてしまう。だから時々穢れを祓い、清める必要があるのかも。穢れているから同じような波長が近づいてくる。結果的に運命が悪くなったり、病気になったりするということなのかも。
なら山へ帰ってもいいのか。

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平安時代になり、嵯峨天皇と弘法大師空海が元々神道だった神事を仏教と習合した。
元旦から7日までは、神道でお祀りし、後半8日から14日までは、真言密教で年神さんをお祀りすることになった。だから宮中で神道と仏教で神事を行った。
明治時代になり、明治天皇が後半の仏教でのお祀りは、東寺でやるようにとなった。

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そのような事情で、今熊野神社では、神主が祝詞をあげ、修験の方に般若心経をとなえてもらっている。神主も一緒に般若心経を唱えるのは面白い風景ですよ。
そして着火し、玉串をあげる。

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その後、修験者がお加持をしてくれる。お加持というのは、気功治療みたいなものかな。各々の魔を祓いのけてくれている。

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もうひとつ左義長神事の特徴がある。
今年の「吉凶を占う」ということです。
具体的には、火の上がり方、煙の出方、倒れる時の方向・・・一番いいのは恵方・・・を見るのです。
昔なら陰陽師がそれを見て占う。
いま、ここに陰陽師はいない。
「どうするのか?」
「御神籤を引く」というのがそれにあたるそうです。
軽く神社の営業ですね。(笑)

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というような内容でした。
なるほどと思いました。
日本の習合はすごいですね。
他の国では、ここまで宗教同士が融合していません。

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↑火の回りのあまりの早さにビックリしました。火の元には注意しましょう!

この炎の中に顕れる仏さんは、不動明王なんだそうです。
なるほど、すべてを浄化してくれるのかな。

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神社も神事をこういう風に解説してもらえるとわかりやすい。
言いたいことを言う為、神社本庁から独立したのかも。
敷地をマンションや駐車場にするため、独立するよりまともかもしれません。

まだ、写真が残っているので明日に続きます。

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「左義長」と「とんど焼き」 [社寺]

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昨日1月15日今熊野神社の左義長(さぎちょう)に行ってきました。
この神社は、15日が小正月なので休みの日でないけど、実施したのだそうです。
成人の日が今年8日だった。正月は、小正月で終わるのに8日に注連飾や門松を燃やすわけにも行かない。
同じやるなら小正月である1月15日にすることになったのだそうです。
それでいいと思います。見世物じゃなく神事なんですからね。

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↑今熊野神社

「左義長」と「とんど焼き」とどう違う?
「とんど焼き」は、一般的には、田んぼや空き地に、長い竹(おんべ)や木、藁(わら)、茅(かや)、杉の葉などで作ったやぐらや小屋(どんどや)を組み、正月飾り、書き初めで飾り付けをしたのちそれを燃やし、残り火で、柳の木や細い竹にさした団子、あるいは餅を焼いて食べる。1年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、無病息災・五穀豊穣(むびょうそくさい・ごこくほうじょう)を祈る民間伝承行事。
元々宗教的な意味があったが近年、それが薄くなった。
「とんど」とは「歳徳」から来ている。
「歳徳」とは、歳徳神(としとくじん、とんどさん)のことを指す。陰陽道で、その年の福徳を司る神である。年徳、歳神、正月さまなどとも言う。

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因みに正月の一連の行事は、歳徳神を各家庭にお迎えし、定着してもらい、一年の福徳を面倒みてもらうためというのが目的。
歳徳神は、恵方から来られるのです。恵方・・どこかで聞いたことがあるでしょ。そうあの恵方巻とかいうバッタモンの行事も歳徳神を呼び寄せたいのでしょうね。あれでは来ませんけど。寿司屋は儲かるだろうけど。

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この歳徳神ってどういう神なのか?
色々な説があるのですが、女神さんです。牛頭天王の后・八将神の母らしい。これが日本的に習合し、牛頭天王が須佐之男尊でその妃の櫛稲田姫と同一視していたようです。どちらにしても美しい女神さんが、各々の家庭に訪問してくれるのです。
女神さんが来るので、各家庭が大掃除をし、大祓で各人が身心共に清める。そして元旦の明け方、女神さんが降臨される。

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降臨される時のアンテナ?が門松で餌?が鏡餅や星月なんです。
だから、大晦日から元旦は、寝たらあかんのですよ。大掃除もしてないむさ苦しい家に美しい女神さんが降臨したとしましょう。フト見ると家人達がたかいびき。神さんとちごても帰りますよね。だから初夢が2日になるのです。
そして、お正月の三箇日は、雨戸を閉め、静かにしないといけません。火もできるだけ使わない。その為にお節料理というのがあるのです。

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であなた方は、初詣なんていいながら、さっさと外出してしまう。家に歳徳神さんが来ているのにです。ひどくないですか。私が彼女だったら悪うんこをして、さっさと恵方(今年は南南東)に帰ってしまうでしょうね。
その悪うんこを模したのが恵方巻か?
なんか汚いね。

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次のチャンスは、今年の年末です。
忘れないようにしましょう!

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さて「左義長」の説明を書こうと思たら記事が長くなってしまっている。
しかたないので、続きは明日のお楽しみ。
すんまへんなぁ・・・。

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大福梅と戌 [社寺]

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↑北野天満宮「大福梅」この時点では、サンプル状態でした。

そういえば今日はクリスマス。
すっかり忘れていた。
子供が大きくなるとクリスマスには、まったく反応しなくなる。
昨日、いつものように京女と二人で実家に行った。
熊野神社のあたりでいつもの雰囲気でなかった・・・看板を見ると「全国高校駅伝」とある。新聞がないからそういうローカルな話題は苦手な我が家。
男子がお昼にスタートとある。
実家でも作業を10分ぐらいでやり、撤収する。
父親は「終わってからでも・・・」と言っていたけど、外に出てエライ目にあったことのない人の意見なんか聞いても意味がない。
実家のあたりから四条河原町方面に移動。
こういう時の意志決定は、極めて早くなりました。

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↑来年の干支は、戌(いぬ、じゅつ)らしい。十二支の順番では11番目。戌は月でいうと旧暦9月(新暦10月)、戌の刻は午後8時を中心に約2時間。方角は西北西よりやや北寄り(北西微南:北基準右廻り300°)の方角。干支的には地味な感じやね。

デパ地下も人が多いので最低必要な買い物をする。
京男Jr.2が言っていたけど、最近の私は移動する速度が極めて速い。
京女も同じように早い。結構汗だらけになってしもた。服装をもっと薄着にしないといけない。
百貨店で、色んな人が色んな所で行列をしている。
ケーキや鶏を買うための行列。
不思議な光景です。
なんのためにあんなことをしているのだろう?
数日後は、お正月のための準備でまた行列。
正月になったら初詣で行列。
昔の共産圏のような風景だ。

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↑こんな水溜まりは以前なかった。

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クリスマスだから鶏の丸焼きやケーキを食べることないのに・・・。
子供が小さい家庭なんだろうな。
一種の通過行事みたいなもの。
我が家は、長女の誕生日を優先したからクリスマスはしたことがない。
独身でサラリーマン時代は、最後の仕事で徹夜の連続だった。

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写真と内容が連動していないことに気付いた。
まくらがちょっと長くなりました。
本来の記事に内容を戻してみます。

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↑渡邊綱(わたなべのつな)の燈籠
渡邊綱は平安時代中期の武将。源頼光の頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、碓井貞光、卜部季武)の一人。坂田金時って、ご存知ですか?小さい時、熊に跨がり乗馬の稽古をした人。auのCMでいうと濱田岳の役。

頼光四天王は、丹波国大江山で酒呑童子討伐や土蜘蛛退治の説話が『今昔物語』『宇治拾遺物語』『御伽草子』に出てくるそうです。
酒呑童子を討伐って薬で弱らして退治したらしい。それほど強くなかったかもね。
土蜘蛛同様、時の権力者に立ち向かった名も無い人たちなのかも。鬼とか妖怪として残る伝説は、小さな反乱の痕跡なのかもしれませんね。
山に隠れ住む鬼や土蜘蛛は、縄文人の生き残りなのかも。

記事がバラバラな感じになってしまいました。
すんませんなぁ・・・。

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牛さん、久しぶり! [社寺]

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↑楼門

北野天満宮の写真がまだ残っておりました。
このままだと年越しになるので記事にします。
私、いつかの年、梅を観に行ってがっかりしてから、遠のいてしまっていた。

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↑こんな建物が建っていた。

梅の時期、幕で囲ってしまい有料にしてしまったのです。
そのやり方が私はがっかりした。
お気に入りの梅があるのです。
香りも形もよかった梅・・・。

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↑この提灯の松がいい

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何年前だったか、行くと幕の中になってしまった。
最初、梅花祭のためだと思った。
どうやら違った。
いまの時期なら幕は張ってないだろうけど。

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↑牛さん!久しぶり!

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囲って飲みたくもない香煎茶と麩煎餅付でひとり700円也。
なんだかねぇ・・・。
まあ、境内の手入れもいろいろあるだろう。
人件費もかかります。
私は、なんだか納得できない。

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↑とりあえずいつものあいさつ。

梅なら近所の智積院で十分だと最近思う。
香りも十分あるしね。

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↑牛さんは、相変わらずかわいいね。

境内に人口の川を作ったりして、地場的に大丈夫なんだろうか?
ここは、学問系の神さんだと思っていたけど、実は商売繁盛になってしまったんだろうか?
御土居が紅葉の名所になっているのも、不思議な感じがしましたね。
紅葉の時も700円が納得できないなぁ・・・。
最近の京都の社寺は、ちょっと変。
なになに?そういうお前が変・・・そうかも。

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土蜘蛛塚 [社寺]

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↑朝日山東向観音寺

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↑本堂

ここは、北野天満宮の隣(?)にある北野東向観音寺。
寺伝によると元のお寺は朝日寺といい延暦25年(806)に建立。
いまの観音寺になったのは、天暦元年(947)。
北野天満宮の奥之院的存在らしい。
本堂が東向になっているから「北野東向観音寺」となったそうです。
最初は、西向もあったそうですが、前の戦争(応仁の乱)の時に焼失し、西向の方は再建されなかったそうです。
斜向かいとかもあったのかな?

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↑岩雲辨財天

北野天満宮と関係があったのでそうね。
昔は、いまと違い神仏が渾然一体としていました。
日本は、面白い国です。すべて習合してしまう。
御利益があればなんでもありということ。
他の国では考えられないことだと思う。

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↑護摩を焚いたのかな?

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↑伴氏廟

この「伴氏廟」ってなに?
調べてみました。
菅原道真さんのお母さんなんだそうです。
結構教育ママだったかな?
「ひさかたの 月の桂も 折るばかり 家の風をも 吹かせてしがな」
と詠んだ歌が『拾遺集』に残されている。

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↑一番右の覆いがあるものが「土蜘蛛塚」

「塚」ってお墓のことかも。
土蜘蛛は、古代日本で、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑などに対する蔑称。
各地にたくさんそういう存在がいたのでしょう。
ひょっとして縄文人の生き残りかもしれない。
山奥なんかにひっそり生活していたんだろうな。
九州沿岸には海蜘蛛というのもいたらしい。

この塚が土蜘蛛由来というのはなんできまったのかな・・・。
なぞだな。
高札的にはそう書いてあるけどね。

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↑妖怪土蜘蛛絵図、京女が怖がりそう。

ちなみに京女は、蜘蛛や百足、ゴキブリが苦手です。
でも海老や蟹は喜んで召し上がる。
なぞだな・・・。

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銀閣寺に行く・・・2 [社寺]

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↑ガラス戸の部分が面白い

さて昨日の金額寺の境内風景の続き。
この日は、地下鉄東西線「蹴上駅」〜南禅寺〜永観堂〜哲学の道〜銀閣寺と歩き、さらに京都造形芸術大学に行きました。
これを3時間ぐらいで歩く。
銀閣寺に着いた時は、日が暮れてきていた。
入るかどうか一瞬迷った。
まだ、行程が残っていましたからね。
でも行く事にする。

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銀閣寺まで、結構距離がありました。
小学校の時、よく左大文字を一人で登っていたので微かに憶えている道。
お店が変わっているので、風景が変わってみえました。
京都の観光地の土産物屋ってどこも同じですね。
店に工夫も何もない。

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最初、境内は狭いと思っていた。
でも確かに銀閣寺の有名な建物の所までは近い。
ところが奥の方へ行こうとするとドンドン山道になる。
これが階段とか坂とかがきついのです。
途中で「どうしよう」と思いました。
時間がかかったら最終目的の京都造形芸術大学のイベントに間に合わなくなるかも。
なかなか下りにならないのですよ。

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↑洗月泉

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↑最初、ここを見て「??」となった。よく見ると小銭が投げ込んである。なんか悲しくなりましたよ。

下りになってちょっとホッとした。
ゆっくり写真を撮っている時間もない。
だから本日の写真のように粗い撮り方になっている。
最後は駆け足状態でしたからね。

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ここは、もう少しゆっくり撮影して見たいです。
金閣寺よりずっと好きかも。
景色が変化していくのです。
それが面白い。

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でもこんな面白さは、若い時あまり感じないことなのかも。
年齢を重ねてはじめて良さがわかる風景なのかも。
ここは、改めてまた来ることにします。

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銀閣寺に行く [社寺]

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京都の人間は、意外と観光地に行ってない。
いつでも行けるという気持ちがある。
それとなんとなく気恥ずかしい感じがする。
小学校の遠足とかで行ったりしないしね。

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きんかく・ぎんかくと言えば、『西遊記』に登場する兄弟魔王。
平頂山蓮華洞(へいちょうざんれんげどう)に住んでいる・・・と違うか。
あれは、金角・銀角やね。

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結構、近所に縁があるわりにあまり行かないお寺。
今回もたまたま近所に行ったからよりました。
境内の構造を忘れていました。
狭い境内と舐めていて、歩いて行くにつれて登山のような状態になり、ちょっと半泣きになりました。もちろんバリアフリーなんてことと関係ない。
階段や山道がいっぱい。途中で引っ返すこともできない状態。
頻尿の人は要注意やね。(笑)

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この銀閣寺というのは、通称です。
正式名は「東山慈照寺(ひがしやまじしょうじ)」です。
これは試験に出るので、しっかり憶えましょう。
ついでに金閣寺も正式名ではない。
金閣寺の正式名称は「北山鹿苑寺(きたやまろくおんじ)」です。

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↑向月台

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この銀閣寺を作ったのは、誰でしょう?
ゼネコン、大工、銀行・・・ではないです。
正解は、足利義政(足利8代将軍)で、延徳2年(1490年)に創建。
この足利義政さん、政治なんかしなくて文化というか自分の趣味に没頭した人やね。そういう道楽者のお陰で現在の京都観光に貢献してくれた。
一般民衆の餓死者で鴨川の流れが止まったぐらいの状態なのにです。
やがてそれが応仁の乱が発生する事態に発展して行く。

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いまの日本には、こういう極端な人が出ないですね。
こういう偉大なスポンサーがいないと文化芸術は発展しない。
特に国宝級のモノは新たに作られない。
現在の世界の金持ちで、こういう建物を建てるような人はいないように思う。

写真は、まだあるので明日に続きます。

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八寸釘? [社寺]

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朝が涼しくなりました。
私にとっては快適な気温なんです。
これから来年の春ぐらいまでが好きな季節。

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↑奥の本尊と綱で結ばれている

今日は、父親とランチをする日。
予定では、酸辣湯を食べに行く予定。
酸辣湯を一番辛くしてもらって食べたら快感だろうな。
さて、どうなるでしょう。

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↑大きな五鈷やね。重たいですよ。

本日の記事は、昨日の釘抜地蔵の続き。
記事は、過去の記事をコピペです。
結構、お気に入りの記事なんですよ。

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↑これまた大きな宝珠。

昔(新しい情報では、奈良天皇の御代1555〜58)、市内の大商人、紀伊国屋道林が突然、両手に激痛を覚え、いろいろな治療を試みるけど治らない。いかたなく、このお寺の評判を聞き、願かけに行かはった。最後の神頼みというやつですね。
その夜、夢にお地蔵さんが出てきやはった。
「あんたさんが、前世で、人を呪って、わら人形で釘を打ったむくいや」と言わはって。
手にささった釘を抜かはったら、なんと朝には痛みがとれていた。
紀伊国屋さんは、びっくりくりくりくりきんとんや〜。
そして、お江戸に行って高級食料品を売らはったらしい。(→紀ノ国屋)
それから和歌山からミカンを船に積んで、お江戸で本と交換して本屋を作らはった。(→紀伊国屋書店)というのは、京男の創作です・・・。
お寺に飛んで行かはったら、なななんと!
ご本尊の前に朱に染まった八寸釘があったそうです。
それ以来「釘抜地蔵」と呼ばれるようになったそうです。

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八寸というても前菜と違うよ。
呪いの人型に刺す釘の長さ。
よう素人呪い人は、ホームセンターで釘を買いに行くんですわ。
その時、5寸とか8寸を5センチとか8センチと間違わハル。
違いまっせ。5寸→約15センチ、8寸→約24センチ。
ホームセンターで15センチの釘は売ってないかも。
(東急)ハンズはどうやろ・・・。
ないかもね。
最近なら「MonotaRO(モノタロウ)」で手に入れるだろうな。
ハンズも最近、雑貨中心になってしもたしね。

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↑お礼詣りの絵馬が壮観

以上が過去の記事。
「MonotaRO(モノタロウ)」だって最近あまり買わなくなったな。
最近、通販のアマゾンでも、モノを買うのが億劫になってきた。
偽物というか不良品も多しようです。
所詮アメリカの企業ですね。
強欲に設けようとするやり方が好きでない。
現時点では、便利なんですが・・・。

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コンピュータやスマホだって、ウンザリしてきた。
ちっともホッとしない。
広告だらけで画面が汚い。
「無料で使わせてやっているから文句を言うな」ですね。
画面を観ていてチラチラする。スマホなんかでもそう。
私は、無料でなく有料で画面が綺麗なのがいい。
タダほど高いものはない。

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薬でもそう。
ジェネリックなんて絶対選択しない。
胡散臭いですからね。

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米大統領が来て「武器をもっと買え!」といわれたら、「はい!」ですからね。
借金まみれなのに、役に立つかどうかわからない武器を買うのっていいのかな?
しかも、すごい接待までする。
支払いは、米国債を現金化して決済したったらいいのと違うかな。

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↑大きな釘やねぇ

以上、国のやり方に釘を刺してみました。
お後がよろしいようで。

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釘抜地蔵 [社寺]

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昨日、西陣方面に行きました。
昆布を買いたかったのです。
久しぶりに「キッチンパパ」に食事をし、釘抜(くぎぬき)地蔵にいきました。

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釘抜地蔵というのは、通称で正式な名前は「石像寺(しゃくぞうじ)」。
開基は弘法大師(空海)。819年(弘仁10)大師は石像を彫り、人びとを苦しみから救おうと「苦抜(くぬき)地蔵」と名づけられたが、後年「釘抜(くぎぬき)地蔵」と呼ばれるようになった。

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行った時も二人お参りされていました。
箱が置いてあり、中の竹の棒を歳の数だけ手に持ち、地蔵堂を一周する毎に一本ずつ箱の中へ棒を納めて行く。
回る時、一定の動作をされていました。

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人間って生きて居ると苦しい時があります。
ここの本尊地蔵菩薩が心にささった苦を抜いてくさるそうです。
地蔵菩薩は、釈迦の入滅後、5億7600万年後か56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまう為、その間、六道すべての世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)に現れて衆生を救う菩薩とされている。
昔の人は、死んでからのことが心配だったようですね。

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写真が多いので明日に続きます。

和菓子

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  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
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