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通りすがりの山鉾 [行事]

昨日、用事があり祗園祭の後祭山鉾のあたりを通りました。
ちょっとだけ撮影してみました。
説明は、どこかのサイトでしてあると思います。

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↑四条御旅所の3基の神輿

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↑冠者殿社、四条御旅所の横にあります。日頃は地味な場所ですが、祗園祭の時は晴れやか。

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↑真ん中のビルが山鉾の形なんです。山鉾巡行の時、こういうのが出て来たらびっくりするだろうな。

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↑大船鉾

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↑大船鉾、152年ぶりに復元された「竜頭」。元治元年(1864)、幕末の蛤御門の変で焼失したそうです。

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↑大船鉾、舵の部分

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↑南観音山

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↑南観音山

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↑北観音山

まだ、写真はありますが今日はこれぐらいにしておきます。
本日が後祭宵山で、24日(日)が後祭山鉾巡行です。天気は良さそう。
日曜日は、家で引き籠もりになるでしょうね。
交通規制にひっかかったら困りますからね。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
  • メディア: 単行本


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さすが立派な神輿 [行事]

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↑四条通、新京極信号あたり、南にあります。

昨日所用で四条方面に行く。
実家の親用買い物代行ね。
その途中、四条寺町付近にある四条御旅所の付近が何か用意をされていた。
そうか7月24日は、祇園祭の還幸祭。

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四条御旅所に来ている三基の神輿が、市内を巡り八坂神社に戻ります。
祇園祭は月末まで続くのです。
一ヶ月も祭をしている。
タクシーの運転手さんが、いちいち交通規制をされるのでたまりませんとぼやいておられた。
たしかに交通規制で大混雑します。
観光のためと京都市はいうけど、住んでいる地元の人間はちょっと迷惑かも。
八坂神社の氏子じゃないしね。
いつも書くように京都人は、自分が関係する祭以外には、あんがい無関心なんですよ。「人がいっぱいでややこしいのはかないまへんなぁ〜」といいます。

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↑東御座:櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)

東御座の櫛稲田姫命は、素戔嗚尊が八岐大蛇から救った女性、後に結婚。

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↑中御座:素戔嗚尊 (すさのをのみこと)

八岐大蛇退治の主役、姉が伊勢神宮内宮の天照大神。

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↑西御座:八柱御子神(やはしらのみこがみ)

素戔嗚尊と櫛稲田姫命の間に生まれた8人(柱)の神様。
長男とされる総光天王を筆頭に、魔王天王、倶魔羅天王、得達神天王、良侍天王、侍神相天王、宅神相天王、蛇毒気神天王。

この三基の神輿が市内・・・といってもそんない広くはありませんが。
ひょっとしてその状態は観たことがありません。

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山鉾巡行に行ってきたような記事を書き [行事]

昨日午前中、Skypeや電話で話しながらデスクワークをしておりました。
そこへ、メールで山鉾巡行の写真が送られてきました。
ブログに使っていいとのことなので、お言葉に甘えさせていただきました。
彼の会社から山鉾巡行が見えるのです。
Y.Iさん、写真をありがとうございます。
仕事になるような、ならないような・・・・でしょうね。
今年は、あまり暑くなくカンカン照りでもなく、まあまあの日よりだったことでしょう。
私もサラリーマン時代は、会社へ歩いて行っていたのです。
山鉾巡行当日、朝の四条河原町の雰囲気はわかります。

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↑Y.Iさんからの写真

カップルが浴衣を着てフラフラ歩いていたりするのが風情のあるものでした。
男性がちょっとうなだれて歩いたりしてね。(笑)
浴衣って昔は、湯上がりとか、寝間着、日本舞踊の稽古着的な存在だと思っていた。
最近は、どうやら着物だと思っている男女が多いようですね。
いつからそうなってきたんだろう。
体型が昭和じゃなくなってきているから、似合わない人が多いですね。
特に男性は、悲しいほどペラペラした身体が多い。
誰かしっかりした着方を教えた方がいいですね。
左前で着たりするといけませんよ。ひょっとして意味がわかっていないかも。

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↑Y.Iさんからの写真

山鉾巡行で思い出すのは、粽です。
私の小さい時、山鉾巡行の時、粽をまいたものです。
見ている人が必死に拾う。
小さい時、必死になって拾いました。食べようと剥いても中身がなかった・・・。
なんか騙された気持ちになりましたね。
いま、粽のお札をまいたらすごいことになるでしょうね。

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↑Y.Iさんからの写真

結婚して堀川御池のマンションに住んだのです。
夜、祇園囃子の練習が遠くに聞こえていた。
長女が7ヶ月ぐらいだった。
宵山の時、粉ミルクがないことに京女が気付いた。
しかたなく、宵山をやっているあたりの薬局なら営業しているだろうということで、長女を乳母車に乗せ、宵山に行った。あの頃の宵山は、今みたいに人が多くなかったのです。いつからだろうあんなに人が集まるようになったのは。
無事、粉ミルクを買って逃げるように家に帰りました。
いまでは、懐かしい思い出です。
あの頃、後に子供が3人も増えるとは想像もしていなかった。

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春の此岸側 [行事]

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↑さあ出発!

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↑向こうが東大路通馬町、渋谷道がなかなか動きません。実は相当な坂なんですよ。

昨日20日は、春のお彼岸の中日。
京男の両親がお墓にくるにはちょっとハードなので、我が家だけで行くことにしました。実家からは、東大路を南下するという大変なことをしなくてはならないのです。
今ぐらいの東大路五条は、大谷本廟近辺のお墓参り、清水寺の観光、その他の観光などで、ものすごい車の停滞が生じます。
毎年毎年起こるのに、京都市や警察は何もしないようです。
せめて車を規制するとか考えたらいいのに。
知ってか知らずにか、マイカーで観光をしようとする。
大変なのにね。

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↑笑うほど高いパーキングも満杯

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↑ね!高いでしょ

お彼岸ってなにかご存じですか?
「彼岸」はサンスクリット語の「波羅密多」から来たものといわれ、煩悩と迷いの世界である「此岸(しがん)」にある者が、「六波羅蜜(ろくはらみつ)」の修行をする事で「悟りの世界」すなわち「彼岸(ひがん)」の境地へ到達することが出来るというものです。
そうか、この交通停滞もイライラせずに運転することで修行(忍辱波羅蜜)しているのかな・・・。

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↑ここが一番の難所、東大路五条

六波羅蜜ってご存じですか?六波羅蜜寺に行くことじゃないですよ。
1.布施腹蜜/有形、無形の物ものを喜捨すること。例、電車やバスで京男に席をゆずること。
2.持戒波羅蜜/きめられた約束事を守ること。
3.忍辱波羅蜜/ニンニクを食べることではなく、耐え忍ぶこと。あるいは怒りを捨てること(慈悲)。
4.精進波羅蜜/努力すること。
5.禅定波羅蜜/特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。
6.智慧波羅蜜/思考に依らない、本源的な智慧を発現させること。
現在京男は、5と6に取組中。

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↑大谷本廟、当家はここではないのです。

こうやって調べるとお彼岸とお墓参りの関係が曖昧になってしまいました。
先に彼岸に行かはった人のところへ行って、コツを聞きにいくのかな・・・ほとんどの人は、実際に彼岸在住の人の言うことを聞けないと思うけど。

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↑今西軒「おはぎ」

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昔は「暑さ寒さも胃ガンまで」といったけど、最近は早期発見で彼岸にいかなくてよくなりましたね。でも油断は禁物。

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節分考 [行事]

そろそろ節分やね。
節分とは、立春の前の日をいいます。
今年2012年は、2月4日が立春。
つまり4日から春ということになります。
節分は、立春の前日をいいます。
季節の変わり目ということでいうと節分は年に四回あります。
立春、立夏、立秋、立冬なんです。
でも冬から春がやっぱり節分という感じがしますね。

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季節が移行するから波動的に不安定ということで、その時は日頃静かにしている邪鬼(鬼)が騒ぐという考え方です。
節分の行事は、邪鬼を祓うという行事です。
その代表が豆撒きやね。
最近は、大豆(炒り豆)じゃなく袋入りピーナッツなんかを巻くようです。
後片付けからいうとそうやけど・・・効果はないだろうな。

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↑吉田神社追儺式、方相氏

節分鰯というのもあります。
鰯を焼いた煙でいぶしたり、門(かど)に鰯の頭を柊の枝でさらしものにする。
邪鬼は、生臭い匂いが嫌いらしい。
そんなのやられたら京男でも家に入られへん。

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↑吉田神社、黄鬼

家族が笑う。
家族が明るく笑うのを邪鬼は嫌うそうです。
例え明日デフォルトになっても、笑いましょう。
無意味に笑われても結構怖いけど。
京都の商家の節分では「福は内、鬼は外」と家長がまき、その後ろから「ほんまにほんまに〜」という人がいる。それを聞いて家人が笑うというのがあるとききました。
なかなか奥深いですね。
まあ、鬼も福も個人個人の潜在意識に潜んでいるものでしょうから、自分に向って大きい声で言えばいい。理想は「心の中にいる、福さん、鬼さん、仲良くしましょ!」と言えばいい。
「私の心に鬼なんかいない!」というあなた、たまたま鬼が出てくる縁にふれてないだけです。

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↑千本釈迦堂・おかめ節分会

京都の花街では、「お化け」というのもあります。
芸者(舞妓、芸妓)やホステスが、節分の前後に通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装をする。
それはそれで面白いと思います。
厄払いとは関係ないかも。
京都の街には、年中お化けみたいなカッコをしたお兄さん、お姉さんが闊歩していますな。これも面白いけど。
そうそう祇園なんかを歩いていると偽物のお化け舞妓なんかも出没しています。
恐ろしい世の中になったものでございます。

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↑いつかの年の巻き寿司

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↑もらいものの巻き寿司、我が家は切っていただきます

恵方巻きというのもありますね。
あれは、大阪の海苔組合が考え出した行事。
元々は、お座敷で舞妓さんに海苔巻きを咥えさせて、食べる様を喜んでいたもの。だから結構やらしい行為なんですよ。知らないでしょ。
巻き寿司は、切ってお箸でいただきましょう。
だからそんなことをしても恵方から神様はやってきませんね。
夢を壊してしまってすんませんな〜。

※本日の写真は過去のものです

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比叡へ [行事]

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8月の暑い日お客様をご案内するために比叡山へ行った。
比叡山なら涼しいだろうと。
実際は神戸における六甲山みたいな訳にはいかなかった。

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↑叡山電車出町柳駅構内

比叡山は、私の小さい時や我が家の子供たちがまだ長女だけの平和な時によくいきました。
電車で行く場合は、京阪の出町柳で叡山電車に乗換る。
出町柳〜八瀬比叡山口駅

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↑八瀬比叡山口駅構内

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↑八瀬比叡山口駅構

八瀬比叡山口駅に到着。
案外近いんです。
昔は、八瀬遊園によく泳ぎにきたものです。
八瀬遊園は2001年11月30日に閉園。
跡地がホテルになっているらしい。
時代の流れですね。

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↑この川が高瀬川から鴨川の上流なんです

さて八瀬大原の駅からケーブルに載ります。
ケーブルに乗り、ロープウェーに乗り換える比叡山に登ります。
この料金が可愛くない!

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↑ケーブルの乗り場

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↑クラシックな感じは昔のまま

ケーブルなんて久しぶりかも。
一番最近は香港だったかも。
昔と全然かわっていないのが懐かし。

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↑ロープウェー乗り場

ロープウェーの乗り場も以前といっしょだ。

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さてこれから乗ります。
結構な高さだ。
紅葉のシーズンなら綺麗かも。
秋の課題だな。

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なんだか旅行をしているような気分になります。
京都なのにね。
続きは明日のお楽しみ。

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祇園祭・・・ [行事]

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昨日タクシーで烏丸四条辺りを通った。
そういえば山鉾の写真を撮っていなかったと気づく。
本当は降りたくなかったけど落ちた。
なんか祇園祭は億劫だ。

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京都の人間としては、自分が氏子の神社以外のお祭はどうも興味がない。
人が多いややこしい場所にいきたくない。
そいう風に思っている。
フォントの関係なんだろうな。
祭の名前がよくわからない。
「祇園祭」「祗園祭」「擬音祭」・・・。

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そもそも何が目的のお祭なのか?
由来を調べてみました。
八坂神社だからスサノヲノミコト(素戔嗚尊)、クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)その他の神が祀ってあるから、スサノヲノミコトのお祭が祇園祭だと思っていた。素民将来の話もそうだしね。
ところが実は、牛頭天王の祭のようです。
863年(貞観5年)神泉苑の御霊会(ごりょうえ)を行ったのが最初です。
平安京は、内陸の湿地であったため高温多湿でしかも上下水道が完備していなかった。だから瘧(わらわやみ=マラリア)、裳瘡(天然痘)、咳病(インフルエンザ)、赤痢、麻疹などが大流行していた。
それと長岡京遷都工事中に起きた藤原種継暗殺事件で無実を訴えながら亡くなった早良親王ら六人の怨霊が街を覆っていたのが疫病の原因と陰陽師が言った。
それらを鎮めるために御霊会が始まったのです。

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さて牛頭天王は、もちろん日本の神ではない。
お釈迦さんの祇園精舎の守護神なんです。
祇園の八坂神社というのは祇園精舎から地名がきている。
蘇民将来説話は、もともと牛頭天王の話らしい。
この牛頭天王は祇園神、陰陽道では天道神、神道では素戔嗚尊、仏教では薬師如来と同一の存在なんです。
日本人って凄いのは輸入の神さんをすべて統合して崇拝するという特徴を持っていますね。
以上のような統合を、神仏習合、本地垂迹(ほんじすいじゃく)といいます。
いまでもクリスマスをしたり、お正月には初詣に行き、お盆はお寺に墓参りしたり、最近では、ハロウィンや復活祭をしたりをやってしまうのが日本人の特徴ですね。

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さて牛頭天王の嫁探しの話を書いて起きます。
牛頭天王は、7歳にして身長が7尺5寸あり、3尺の牛頭をもち、また、3尺の赤い角もあった。成人して后をむかえようとするものの、その姿かたちの怖ろしさのために近寄ろうとする女人さえいない。牛頭天王は酒びたりと婚活の毎日を送るようになった。
3人の公卿が天王の気持ちを慰安しようと山野に狩りに連れ出すが、そのとき一羽の鳩(元総理大臣ではない)があらわれた。山鳩は人間のことばを話すことができ、大海に住む沙竭羅龍王の娘のもとへ案内すると言う。牛頭天王は娘を娶りに出かけるです。
旅の途次、長者の古単に宿所を求めたが、慳貪な古単(古端、巨端)はこれを断った。それに対し、貧乏な蘇民将来は歓待して宿を貸し、粟飯をふるまった。蘇民の親切に感じ入った牛頭天王は、願いごとがすべてかなう牛玉を蘇民にさずけ、蘇民は富貴の人となった。(牛玉ってなんやろ・・・三室戸寺の牛さんの話みたいやね)

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龍宮へ赴いた牛頭天王は、沙竭羅の三女の婆利采女を娶り、8年をそこで過ごすあいだに七男一女の王子(八王子)をもうけた。豊饒国への帰路、牛頭天王は八万四千の眷属をさしむけ、古単への復讐を図った。古端は千人もの僧を集め、大般若経を七日七晩にわたって読誦させたが法師のひとりが居眠りしたために失敗し、古端の眷属五千余はことごとく蹴り殺されたという。この殺戮のなかで、牛頭天王は蘇民将来の娘ひとりだけは命を助け、「茅の輪をつくって、赤絹の房を下げ、『蘇民将来之子孫なり』との護符を付ければ末代までも災難を逃れることができる」と除災の法を教示した。

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なかなか面白い話ですね。
今年は土日で天気もいいから凄い人だろうな。
私はよう行きません。

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化粧のりがよろしいな・・・地蔵盆 [行事]

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夏の行事の最後が地蔵盆。
あっちの町内、こっちの町内でお地蔵さんをおまつりしていた。
最近、子供がすくのうなってきて、いてはるのは元子供ばっかり。
地蔵菩薩の本来のご縁日は24日だけど、どうしても大人の都合で土日にするところが多い。

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この日は、お地蔵さんを洗い清めて新しい前垂れを着せ、化粧をして飾り付ける。
お地蔵さんは、中近世以降子供の守り神として信仰されるようになった。
広く知られた伝説によれば、地蔵菩薩が、親より先に亡くなった子供たち(親より先に死ぬのは不孝といわれている)が賽の河原で苦しんでいるのを救う。
そういえば妹が中学の時亡くなったのですが、その時、火葬場には親はいけないという決まりになっていた。だから私が行ったのを憶えている。

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↑渋谷街道沿いの永田町の地蔵堂なんです。でも政治家はいません。

「賽(さい)の河原の石積み」というのは、やってもやってもやり遂げられない事を、際限なく続けるという苦しみ、悲しさ、空しさをいったもの。
この世とあの世の境に「賽の河原」があって、そこは石ばかりがゴロゴロしている川です。(行ったことがないのでようわかりません)
死んでも回向(えこう)※1もしてもらえないので、仏の世界に行けない子供たちが、みずからが何か功徳(くどく)※2を積んで仏の国に行こうと考えた。
考えてやったことというのは、石を積んで「仏塔」を建てようとするのですが、石が丸くて中々積み上げられない。
やっと少し積み上げると、そこに大鬼が出てきて、折角のものを壊してしまうというのです。子供は仕方なくまた泣きながら、石を積み始めるのですが、また鬼が出てくる・・・。
その繰り返しの苦しみから、地蔵菩薩が出て来て助けてくれるというのです。
この地蔵信仰は考えてみると、子供を死なせた切ない親の子供に詫びる思いから出ているものでしょう。
虐待の事件の子供たちもやっぱり賽の河原で石積みするんだろうか。
だとしたら切ないな・・・。
お地蔵さん、なんとかしてあげてくださいね。
お願いします。
※1 回向/自己が行なった修行や造塔・布施などの善行の結果を、自己や他者の成仏や利益(りやく)などのために差し向けること。
※2 功徳/現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行

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ちなみに地蔵菩薩は釈迦の入滅後、56億7000万年後(!)に弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまうため、その間、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻する衆生を救う菩薩さんなんです。だから仲良くしておいた方がいいだろうな。

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町内によっては、地蔵盆当日の朝に「数珠回し」を行う。
町内の子供が、直径2〜3メートルの大きな数珠を囲んで座り、僧侶の読経にあわせて順々に回すというものである。
こんな行事を通じて、子供たちに教えていたんだろうな。
最近は、そういう宗教的なことはダメという人も多い。
単なる子供祭とするところも多いそうです。
こういう行事は無形の文化財だと思うんだけどな。
町内の大人で子供や老人を見守って行く方がコスト的に安くつくと思うんだけどな。

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↑お供えのお料理がすばらしい

昔の地蔵盆は、野外で映画大会があったり(化け猫の映画が怖かった)、福引で「ふごおろし」という福引担当の家の向かいの家から渡したロープにつるし紐で手繰り寄せた。その後、その品を紐で1階へ下ろして渡すものなんです。
おやつは蒸し芋だったな。
最近の子供で蒸し芋をおやつといったら、どんな顔をするだろう。
「繊維質があって、お通じもようなって、ビタミンCがいっぱいで美容やダイエットにぴったり」といわんとあかんかも。

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↑こういうお供え料理も次世代に伝えてほしいですね

この地蔵盆が終わったら夏休みも終り。
そろそろ宿題をしなくては・・・と思うやるせない時期なんですわ。

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これも祇園祭・・・花笠巡行 [行事]

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祇園祭は、1ヶ月続きます。
7月1日の吉符入りから始まり、31日の疫神社夏越祭まであります。
山鉾巡行だって昔は、二回行われていたそうです。
都の人々はよほど疫病や天変地異とかが怖かったんだろうな。
いまは、どうでしょう・・・。
現代人は、少々たくさん人が亡くなったり、
天変地異やむごい事件が起こってもあまり感じていない。
その方がよほど怖いことだと思う。

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さて、本日の写真は、24日の朝、法事があり、さっと行ってから自宅で服を着替え、大阪へ行く。
高島屋によって手土産を買ってから阪急電車で大阪へ行く予定。
四条方面行きのバスに乗っていると運転手さんの無線で
「・・・祭が木屋町を通っている」というのがかすかに聞こえた。
そうか「花笠巡行」なんだ!
バスを四条大橋のところで降り、河原町の方に歩いて行くと行列が見えた。
「ラッキー!」行列です。

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暑い中小さな子供たちが着飾って歩いていました。
花傘巡行は、傘鉾や馬長稚児、児武者らが石段下を出発し、四条通などを練り歩く。
八坂神社に到着後(午後零時ごろ)、舞踊の奉納を行うのだそうです。

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↑この背負っている袋状のものは母衣(ほろ)というもの。
背面からの流れ矢を防ぐ役割を果たすのと色で敵味方を区別するのに使われたものです。
本陣と前線部隊の間を行き来する使番に着用が許された。
エリートの印なんです。

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ほんのすれ違い状態だったからあまりしっかり撮っていませんが、珍しいのでご紹介しました。

↓宮川町のきれいどころが乗ったのもあります。真昼の白塗はなんだかすごかった。


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ここは、四条寺町の四条御旅所。神輿が3基おさまっている。
この神輿が午後5時頃から四条御旅所を出発。

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市中を巡り、三条御供社で祭典後、神輿に明かりを入れ、
午後9時ごろから11時ごろまでに八坂神社に還幸する。
夜だから見たことがないのですが。

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なんて言っている間にもう7月も終りですね。
京都はお盆のシーズンになっていきます。

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方相氏さんにインタビュー [行事]

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京 男:方相氏さん、一年ぶりですね。
方相氏:まいど。
京 男:また節分ですね。
方相氏:京男ハン、節分って4回あるのを知ったハル?
京 男:4回?

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方相氏:立春、立夏、立秋、立冬の前日を節分と昔は言うてた。
そやけど、いちいちこんな行事に呼ばれたらかなわんので、年1回と天の神さんに頼んだんですワ。旧年最後の日やね。だから一年の最終的な厄を祓う。
豆をまきまっしゃろ。あれは「まめに働く」という語呂から喜ばれたんやね。
最近の日本は「まめに働く」ということが少のうなってきた。ちょっと問題や。仕事の鬼の方がまだいいかも。
京 男:アンタさんかて、4回を1回にしたんと違いますか。
方相氏:面目ない・・・。豆まきって鞍馬の毘沙門天さんが大豆で鬼の目を打てを命じハッタのが始まりみたい。鬼の目を打つから「魔(マ)目(メ)」「魔(マ)を滅(メ)する」というらしい。
なんで、枡(ます)に豆を入れるかというと米や酒などを計量することから公明正大な神の力を象徴するんでっせ。

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京 男:鬼ってなんですねん?
方相氏:鬼の一番の巣窟はあんたら人間やね。言いまっしゃろ「渡る世間は鬼ばかり」なんちゃって。人間は状況が変われば神にも鬼にもなる。善や悪もや。仏教でいうたら「縁(条件)」によって、鬼にも仏にもなる。
わかりにくいけど、鬼でも本来は神なんやね。単純に二元論では片づかへん。
かくいう私も元鬼だし、いまはこうやって追儺式(ついなしき)の主役をやってます。
いまの世の中はどうも鬼的なエネルギーが多いな。祓わんといかんね。バランスがとても悪うなってきている。
鬼的なエネルギーも必要なんやけどな。だから完全に鬼にとどめをさすのでなくて、お祓いして本来の場所に帰ってもらうというのが追儺式の主旨やね。

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京 男:なるほどな。ところで方相氏ハンは、なんで四ツ目なん?私も四ツ目やけどね(眼鏡をかけている)。
方相氏:四方に目を配るからやね。
京 男:それやったら前だけじゃ後ろが見えないじゃないですか。
方相氏:下の二つは読書用。上二つは遠いところ用なんや。う〜そだぴょょ〜ん〜。四方に配置したらちょっと異様やろ。
京 男:いまでも充分異様やし。ちょっと古いんと違うかな。私なら四方と天地で合計6つ目。両足に魚の目で合計8つ目ねっ!
方相氏:わては、ヤツメウナギか〜!でも前向きに検討させてもらいます。
京 男:なでなで(頭を撫でている)
方相氏:そろそろ夜の用意せなあかんので、この辺で失礼します。
京 男:おきばりやす。
方相氏:おおきに。

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◆付録:鬼が嫌うもの
桃の弓、葦の矢、鰯の匂い(京男もちょっと苦手かも)、豆類、柊の葉っぱ、遺伝子組み換え大豆、笑い、大声、鐘の音、笑顔、暖かい家庭、札びらのビンタ、検察、写真週刊誌、自由、三ヶ月以上の約束手形、清水の次郎長(鬼より怖い)、地獄の事業仕分けやリストラ

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